私たち、家族になりました

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私たち、家族になりました

「へ?」  椅子に座っていた私は、突然、リチャードに抱き上げられた。  こ、これはお姫様抱っこでは? 「とりあえず、手当てを」 「あ、歩けない訳ではないですので、降ろしてください」 「ダメだ」  リチャードの顔が険しい。  みんなに見られていて、恥ずかしいのだけれど、珍しく見てわかるほどに表情が険しい。  たかが、靴ずれなのに。  抱っこされて、心配されて嬉しいけれど、まるで小さい子供になった気分でもある。  というか、ひょっとして、高貴なひとは、靴ずれしないものなのかしら。だから、リチャードはこんなにも深刻になっているとか?  ぐるぐるとそんなことを考えているうちに、私は、別室に連れていかれた。  そこは、小さな小部屋で、気分が悪くなった人とかが休んでも良いようになっている部屋らしい。  他に人はいなかった。先ほどまでのホールと比べて、やや光量が少なくて暗く感じるけれど、ランプは灯されている。  そこに置かれていた立派なソファに私は降ろされた。 「見せてみろ」 「はい」  私は靴を脱ぐ。  リチャードが絨毯に膝をつき、私の足をとった。  ものすごく恥ずかしい。 「皮膚がむけているじゃないか。反対の足も、真っ赤だし」 「たいしたことないですよ」  私は、わりと足の皮膚が弱いこともあって、新しい靴をおろすと靴ずれすることが多い。特に右足。今回も右足が特に痛い。  よくあることなのだ。 「こんなの、数日で治ります」 「そういう問題ではない」  リチャードは、ポケットからハンカチを取り出して、私の右のかかとに巻き付ける。  リチャードは私の靴を片手に持ったまま、私を抱き上げた。 「帰るぞ」  リチャードは私の返事を聞かずに、すたすたと歩き始めた。  ほぼ、有無を言わさぬ雰囲気でリチャードは、馬車へと私をのせる。  こんな時間に帰ることになると思っていなかっただろうから、まだ馬車止めに御者はいなかった。  会場を出るときに控室に声はかけてきたから、間もなくやっては来るだろうけれど。  辺りはまだしんとしていて、空には星がきらめいている。  リチャードは、御者が来るのを待つために、外で立っていた。  なぜだろう。先ほどから、急に、リチャードとの距離が遠くなってしまったような気がする。  夜会で靴ずれなんてしてしまった私を、内心で呆れているのかもしれない。まるで、怒ってはいけないといいきかせて、クールダウンしようとしているようにも見える。  ようやく御者がやってくると、リチャードは無言で馬車に乗り込んできた。  暗いので、いつもに増して表情は読めない。 「お前を義兄としてエスコートするのはこれで最後にする」  馬車が動き始めると、リチャードがぽつりと呟いた。 「え?」  聞き間違いかと思った。  そんなに嫌だったのだろうか。そんなに苦痛だったのだろうか。  一生懸命頑張ったつもりだけれど、いろいろやらかしてしまった感じは自分でもある。リチャードの優しさに甘えすぎてしまったのかもしれない。  絶望的な気持ちで、リチャードの顔を見る。  大きな目が私をみつめていた。 「お義兄さま」 「俺はお前の兄ではない」  私を突き放す言葉に、胸が冷える。 「そんな……」  血のつながりはなくても、ずっとつながって行けるはずだと思っていたのに。  それほどまで、私は嫌われてしまったのだろうか。 「あっ」  ガクンと馬車が揺れて、私はリチャードに倒れ掛かった。 「ごめんなさい」  慌てて身を起こそうするが、リチャードに引き寄せられた。  どくん、と心臓が脈打つ。あまりにも近すぎる距離に、どうしたらいいのかわからない。 「今日、ひとつわかったことがある」  リチャードが耳元で囁いた。  息が苦しいほど、ぎゅっと身体を引き寄せられて、全身が熱くなる。 「王太子と踊るお前を見て、はっきりわかった。もう自分をごまかせない」  リチャードの息を耳に感じた。 「初めて会った時から惹かれていた。何度も妹だと思いこもうとし、そう振舞ってきた。でも無理だった。妹ではなく、俺の妻になってほしい」  その言葉は突然で。  だけど、それは、私の欲しかった言葉で。 「はい」  涙があふれだした。 「私もお義兄さま、いえ、リチャードさまが好きです」  耳に柔らかなものが押し当てられる。キスをされたのだと、わかった。 「もう離さない」  リチャードの腕がさらに私の身体を引き寄せる。  石畳を走る蹄の音が、静かな夜の街に響いていた。  その後、私は、ラレン侯爵家に嫁ぐことになった。不思議と周囲は驚きもせず、また、反対もされなかった。  義母は義母のままだし、義姉は義姉のままだけれど。  義兄は、私の夫となり、私たちは、夫婦になった。次の春には、もう一人、家族が増える。  もっとも、それは私の子ではなく、私の兄弟だ。  もちろん遠くない未来に、私たちの子もできるといいなあと思っている。   了
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