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そのお話はお断りしたいです
差し出された招待状に目をやって、私、マリア・マーロウは思わず顔をしかめる。
「王室の夜会に、私が?」
昼下がりの午後。
開け放たれた窓か柔らかな日差しが差し込んでいる。
テーブルの上には焼き立てのクッキーと、ティーカップ。温かくて香り豊かな紅茶の香りが漂う。絵にかいたようなアフタヌーンティの風景だ。
テーブルを囲んでいるのは、私と、私の義理の母、そして、義理の姉だ。
実の母親が亡くなって五年。父親が昨年、再婚した。いわゆる、ステップファミリーってやつだけど、それなりに仲良くやっているとは思う。もっとも、新しい義姉兄は、二人とも成人しているから、一緒に住んでいるわけではない。
というか、そもそも我が家は子爵家、継母は、侯爵家の人間。よく嫁ぐ気になったなあと、しみじみ思う。
「そうなの。王室主催の夜会。マリアちゃんもおいでなさいよ」
屈託のない笑顔で誘いかけるのは、義姉のミリー。きりっと結い上げたブラウンの髪に鳶色の瞳。私より五つ上の二十二歳。とにかく明るい美人だ。
社交界でもすごくモテたらしい。既に結婚していて、現在は伯爵夫人である。
「えっと。遠慮します」
私は首を振る。
噂では、今回の夜会は、王太子の結婚相手をさがすために開くって話だ。そんな火花が散っているようなところ、こわくて行きたくない。私は女性の水面下で行われる、どろどろした競争は嫌いなのだ。
「なぜ? マリアなら、きっとドレス姿も素敵だし、もう十七ですもの。 社交界デビューのお年頃よね?」
継母のエレナはにこやかに微笑する。やわらかなブラウンの髪。ほわほわっとした、春の日差しのようなまなざしで、つい頷きたくなってしまう。だけど、デビューから戦は嫌だ。もっと、こう、ローカルなところから始めたい。
「いえいえ。私にはまだ早いですから」
「ねぇ。マリア、そんなこと言わないで一緒に行きましょうよ。王太子さまに見初められるかもよ?」
「それはないと思いますが」
私は苦笑する。
子爵家の娘が王太子に見初められるなんてことはないと思う。いや、見初められたら、かえって不幸かもしれない。
身分差、家格の差で価値観が違うっていうのは、継母をみていると思う。
継母のエレナは、ラレン侯爵の母であり、ルクセン侯爵の妹。つまり、生まれも、嫁ぎ先もバリバリの上流貴族。我が家は子爵家としては裕福ではあるものの、侯爵家とは、やはり天地の開きがある。
もっとも、エレナは気位が高いかと思えば、そんなことはない。むしろのんびりとして、人が良すぎる。
侯爵家よりはかなり不便であろう、うちの生活に文句ひとつ言わない。だけど、きっといろいろ不自由は感じているだろうな、と思う。
エレナの場合、今のところその人柄もあって、それほど問題になったことはないけれど、ちょっとした価値観のずれっていうのは、大きな不幸になりかねないと思う。
「あら。マリアは本当に美少女だもの。可能性はあるわよ? それにね、マリアのこと、紹介してって、あちこちから頼まれているの」
ミリーがいたずらっぽく笑う。
わわ。待って。ミリーはコミュニケーション能力の化け物みたいなひとなのだ。下は門兵から上は王族まで、とにかく知り合いが多い。一緒に行って、次々に紹介されたりなんかしたら、絶対に人の名前が覚えられない自信がある……。
「そう言われましても、ほら、私、ダンスがそれほど上手ではありませんし」
「そう? 上手だと思うわよ? 自信が無いなら、レッスンを増やしてみる?」
エレナはティーカップに手をのばしながら提案してくる。どこまでも前向きである。
「えっと。その……あと、そう! エスコートしてくださる方もいないですし!」
もちろん、パートナーがいなくても、参加はできるって、知っているけど。
「あら。それは心配ないわ。リチャードに頼めばいいのよ」
「お、お義兄さまにですか?」
ミリーの提案に、思わず顔が引きつる。
ミリーの弟である、リチャードは、三年前に亡くなった実父の後を継いで侯爵になっている。
現在二十歳。
かなりやり手で、しかも二枚目だけど、まだ独身。相手がいるかどうかは、エレナも知らないらしい。
もっとも、義兄には、何回か会ったけれどちょっと苦手だ。というか、向こうが、すごく私を嫌っている感じ。話しかけても、あまり会話にならなかった。とにかく無表情だし、目が怖い。義妹にはなったけれど、所詮、義兄は侯爵で、私は子爵の娘。本来は、遠いひとだ。知らないうちに私が、何か気に入らないことをしでかしたのかもしれない。
エスコートなんて頼んだら、絶対に嫌がられると思う。さすがに義理とはいえ兄妹だし、父のためにも、これ以上嫌われたくはない。
「お忙しいでしょうし、ほら、お義兄さまは、きっと他にエスコートしたい女性がいらっしゃると思いますので」
「そうかしら? あの子、朴念仁だから、そんなことはないわよ。パーティに出ても、ダンスもせずに、男同士でしゃべっていることが多いんだから」
私の必死な言い分を、ミリーが切って捨てる。
「ちょうどいいわ。私、帰りによって、頼んできてあげる」
フットワークの軽い義姉だ。
「そうね、それがいいわね」
エレナがにこやかに微笑する。
嫌な予感がした。
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