僕はどうしてあんなに怒っていたのだろう

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ガラス戸の向こうで、母親が泣いていた。 テレビドラマでよく観る光景が僕の今の現実だ。 「ごめんね、もっと早くに気づいてあげればよかったのに・・・」と、母親が言っている。 どうして謝るのだろうと、僕は漠然と思っていた。 「手が荒れてるね。明日、薬持ってきてあげるから」 僕は、その時、初めて自分の手を見た。 ずいぶんと掻き毟った後があって、皮がただれ始めていた。 そういえば、薬つけていなかったんだ。 僕は、アトピー性皮膚炎で、特に手の湿疹がひどい。 薬をつければすぐに治るのだが、放置しているとどんどんひどくなる。 そんなことも僕は忘れていた。 母の隣で、父が困惑した顔で僕を見ている。 なぜ、いつものように怒鳴らないんだ?  なぜ、いつものようにバカにした目で僕を見ないんだ? 「僕のスマホは?」 「刑事さんが持っていると思うけど」 「友達のアドレスがいっぱい入っているんだ」 「刑事さんに聞いてみるね。あなたからも聞いてみたら?」 そっか。僕が自分で聞けばいいんだ。 「そうだね。そうする」 面接時間が終わったようだ。 親が立ち上がった。 僕の頭の中は靄がかかっているようで、すっきりしない。 けれど、胸の中の何かがちくりと痛んだ。 言わなければ! と、僕は、咄嗟に思った。 「おふくろ!」 僕は、振り向きざまに大きな声を出した。「ごめん」 母の目からどっと涙がこぼれた。 そして、僕も涙を流した。 そして、 僕は目を覚ました。 暗い夢を見ていたようだ。 怒りの炎に押しつぶされていたのだろうか・・・ 何に対してあんなに怒っていたのか・・・・今となってはわからない。 小さな男は花村という刑事だった。 花村刑事は言った。 「悪いな、あの携帯、水に使ったみたいで使い物にならないぞ」 「・・・」 ・・・携帯じゃなくてスマホだけど・・・ 「コンビニでおまえをつかんだ時、横にあったバケツの中に落ちたみたいなんだ」 「そうですか・・・」 怒る力が今の僕にはない。怒りの炎がどこかに消えていったようだ。 「お母さんに、携帯渡しておくぞ」 「はい」 7日の留置が終わって、僕は、初犯ということで釈放された。 花村刑事は言った。 「ほんとうは、もっと重い罪なんだぞ。鑑別所に行ってもいいくらい重いんだぞ。わかってるな。おまえは悪い奴ではない。だから、俺は頑張った」 僕はうなだれたまま、うなづいた。 「2度とあの仲間には会うなよ」 僕の頭の中では、 「おまえは悪い奴ではない」と言ってくれた花村さんの声だけが残っていた。 その言葉は、不思議と僕を穏やかにしてくれていた。
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