ピアノ王子

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ピアノ王子

 「ふにゃー……奏斗(かなと)しゃまぁ……ムニャ……」  レースのカーテンを通して、柔らかな陽が部屋の中に入ってくる。  「おい! 朝だっつってんだろ!」  無情にも毛布が引き剥がされた。  「何すんのよ!」  悲鳴を上げたのは、この屋敷の令嬢・胡桃沢(くるみざわ)ヒカリである。腕の中には大判の写真集。切れ長の三白眼が、誘うようにこちらを見つめている。  奏斗(かなと)。  名前以外は神秘のベールに包まれたピアニストだ。別名、ピアノ王子──。  ヒカリが抱えているのは、そんな彼の1st写真集である。昨晩は、写真集を抱いて妄想しつつ眠ってしまったのだ。  「勝手に入ってこないで!」  パステルピンクのモコモコパジャマ姿のヒカリは、不満そうにベッド上で身体を起こす。大人が五人は悠々と横になれそうな、天蓋付きの豪奢なベッドだ。  「何度ノックしても起きねえからだろうが」  「そうだわ、鍵……! かけたのにどうして!」  「コレがありゃ、どの部屋にも入れるんだよ」  使用人の男は、小さな鉤状の針金をコイントスのように指で弾くと、パシッと掌に受けた。  いや、使用人にしては口も素行も悪いようだが……。  「女の子の部屋をジロジロ見ないでよ! イヤらしいわね!」  「そんなことより、こいつ写真集まで出してんのかよ。本業はどうした、本業は?」  「いいじゃないの。素敵なんだから」  「けっ! 作り物みてえな顔しやがって、気持ちわりぃ」  「なあに、カゲ。僻んでるの?」  カゲ。それがこの男の名だ。  職業(?)は泥棒。  屋敷への侵入がバレて拘束されていたところを、ヒカリが気まぐれで雇ってしまったのである。護衛として。  ……異を唱える者はない。  この屋敷では、「お嬢様の言うことは絶対」だ。  カゲはこの機に乗じてお宝をゲットし、サッサと逃げてしまおうと目論んでいるようだが。未だこの屋敷に留まっているところを見ると、計画は難航しているようである。  「もう! 着替えるんだから出てって!」  不機嫌なヒカリお嬢様である。ピアノ王子との夢を邪魔されたのが、余程お気に召さなかったとみえる。  
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