34人が本棚に入れています
本棚に追加
ピアノ王子
「ふにゃー……奏斗しゃまぁ……ムニャ……」
レースのカーテンを通して、柔らかな陽が部屋の中に入ってくる。
「おい! 朝だっつってんだろ!」
無情にも毛布が引き剥がされた。
「何すんのよ!」
悲鳴を上げたのは、この屋敷の令嬢・胡桃沢ヒカリである。腕の中には大判の写真集。切れ長の三白眼が、誘うようにこちらを見つめている。
奏斗。
名前以外は神秘のベールに包まれたピアニストだ。別名、ピアノ王子──。
ヒカリが抱えているのは、そんな彼の1st写真集である。昨晩は、写真集を抱いて妄想しつつ眠ってしまったのだ。
「勝手に入ってこないで!」
パステルピンクのモコモコパジャマ姿のヒカリは、不満そうにベッド上で身体を起こす。大人が五人は悠々と横になれそうな、天蓋付きの豪奢なベッドだ。
「何度ノックしても起きねえからだろうが」
「そうだわ、鍵……! かけたのにどうして!」
「コレがありゃ、どの部屋にも入れるんだよ」
使用人の男は、小さな鉤状の針金をコイントスのように指で弾くと、パシッと掌に受けた。
いや、使用人にしては口も素行も悪いようだが……。
「女の子の部屋をジロジロ見ないでよ! イヤらしいわね!」
「そんなことより、こいつ写真集まで出してんのかよ。本業はどうした、本業は?」
「いいじゃないの。素敵なんだから」
「けっ! 作り物みてえな顔しやがって、気持ちわりぃ」
「なあに、カゲ。僻んでるの?」
カゲ。それがこの男の名だ。
職業(?)は泥棒。
屋敷への侵入がバレて拘束されていたところを、ヒカリが気まぐれで雇ってしまったのである。護衛として。
……異を唱える者はない。
この屋敷では、「お嬢様の言うことは絶対」だ。
カゲはこの機に乗じてお宝をゲットし、サッサと逃げてしまおうと目論んでいるようだが。未だこの屋敷に留まっているところを見ると、計画は難航しているようである。
「もう! 着替えるんだから出てって!」
不機嫌なヒカリお嬢様である。ピアノ王子との夢を邪魔されたのが、余程お気に召さなかったとみえる。
最初のコメントを投稿しよう!