34人が本棚に入れています
本棚に追加
エントランスが一瞬シンとなる。ヒカリは迷惑そうに溜め息をついた。
「あら、冷泉姫華さん。それ、お支度に何時間かかりましたの?」
ヒカリの目の前にいる同級生は、紫のタイトなドレスに黒いショールを羽織り、髪は縦ロールでグルグルに巻いている。
こちらの女学院は、私服(?)通学が可能なのだ!
ちなみに、ヒカリはジャケットとタータンチェックのスカートという高校生らしい服装。ドレスなど着てくる生徒はほんの一部である。
(……ケバ)
カゲは、辟易しつつヒカリの後ろに控えていた。毒々しい色彩が目に入ると膀胱の運動が活発になるような気がする。ただでさえ催していたのに。
姫華の背後には、取り巻きと思しきお嬢様が数人。似たり寄ったりの格好だ。もちろん、それぞれに護衛がついている。
「お支度前にすれ違っても気づいてさし上げる自信がないわ。大変ね。名前負けしないように飾り立てるのも」
憐れむような表情で嫌味を繰り出すヒカリお嬢様である。
姫華がグッと言葉に詰まる。控え目ながら、遠巻きにクスクスと笑い声が……。
冷泉姫華。悔しそうに唇を噛み締める彼女は、例の『R警備保障』の社長令嬢である。祖父の代から、何故か冷泉が一方的に突っかかってくる。
「フン、地味女の負け惜しみね! ねえ、新しい護衛さん」
姫華はカツカツと踵を鳴らしながら進み出ると、まじまじとカゲを見上げた。スッと腕を伸ばしてカゲの頬に手を添え、猫撫で声を出す。
「へえ。まあまあ良いじゃないの。こんな女のところじゃなくて、家へいらっしゃいよ」
近くへ寄られると甘ったるい香りが鼻につく。カゲは顔を背けた。
「俺に指図するな」
トイレに行きたい。
喋ってる暇があるならトイレ行きたいんだよ、腹が立つ。
カゲの事情を知らない姫華の顔が怒りに歪んだ。同時に、冷泉家の屈強かつイケメンな護衛が飛び出してくる。
次の瞬間。
屈強な護衛は、大理石の床に背中をついていた。鈴木さんが涼しい顔で手を払っている。姫華と取り巻きが息を飲んだ。
「ご愁傷様」
ワナワナと震える姫華を尻目に、ヒカリは満足気に踵を返す。
鈴木さんと並んでヒカリの後ろを歩きながら、カゲは口の端を歪めた。護衛として側につくようになって分かったことがある。ヒカリは、決して群れないのだ。カゲはキュッと拳を握った。
(トイレ……)
最初のコメントを投稿しよう!