130億光年の孤独

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午後からはやはり訪ねてくる客もなくて渡部さんはいつもより早めに店を閉めた。商売けのないこと甚だしいけれど売り上げの大半は飛び込みでやって来るような客ではなく目当てのものを探してくれと依頼している常連だ。学術書を得意とする店長を頼んでやってくる客は後を断たない。立地がいいわけでも熱心に宣伝をしているわけでもないこの店が細々とやっていけている由縁である。 お疲れさまでしたと挨拶をして外に出ると湿度は増していた。鈍く暗い色をした空は雨粒を吐き出す瞬間を今か今かと待ち侘びている。初春の空気は日が陰ると途端に寒くなる。濡れたくはなくて帰宅の足が自然と早くなった。 勤め先から自宅のアパートまでは歩いて大体二十分ほど。間に合うだろうと楽天的に見積もっていたのを嘲笑うように後少しというところでいきなり雨が降り出した。 細く軌跡を描く雨粒が地の底のように黒い色をした空から降り注ぐ。ぽつぽつと肩を濡らされながらアパートまでを歩く。走るのは嫌いなのだ。それに部屋で待っているだろう奴に勘違いされるのも嫌だった。万が一にも自分がいるから急いで帰ってきたなどと思われたくなかった。 三ヶ月前に拾い物をした。 でもそれは渡部さんが想像するような可愛らしい女性だったり美女だったりではない。 残念ながら、と帰り着いたアパートのドアを開ける。 「おかえりなさいませ」 玄関の床に三つ指をついた背の高い男が窮屈そうな体勢で私を出迎える。 うちにいるのは宇宙人らしいですよ、と今頃晩酌の用意をしているだろう渡部さんにテレパシーを送る。きっと受信されないだろうけれど。 返事をしない私に構わず男が顔を上げる。彼の顔立ちは薄暗い室内であってもはっとするほど美しい。肌の色は透けるように白く、髪と瞳の色はブルネット。長い睫毛が影を落とす頬はエキゾチックに彫りが深い。 その中性的な容貌は一瞥しただけではルーツがわからない。雑多な人種を混ぜ合わせたような顔は地球上のどの地域にも馴染みそうであり、また馴染みすぎないような仕様になっている。そうデザインされている、と以前目の前の男が言っていた。 男は宇宙人なのだそうだ。彼本人が私に言った。地球での名前はヒューイ・ウィリアムズ。自分は地球という星を調査するために130億光年離れた宇宙の果て近くからやってきた宇宙人なのだと。だから彼のこの外見は地球人仕様にカスタマイズされたものらしい。
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