130億光年の孤独

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さあ、と細かな水滴の地面を打つ音が聞こえた。 雨かと私は顔を上げる。 「どうした」 突然立ち上がった従業員を不思議そうに見上げて私の雇い主が首を傾げた。 「雨が降り出したみたいなんでテント出してこようと思って」 私が言うと店長はすかさずお願いねと手を振った。古書店を営むこの渡部(わたなべ)という初老の男性は人を顎で使うことにかけて右に出るものがいない。小さな店を営む中で身につけた能力なのかたったひとりの従業員をこき使うことを躊躇わない。 それでも私のような得体の知れない男を使ってくれるのだから文句は言えない。一段上がった座敷からみっしりと古本の積み重なった店舗へ下りる。ついでレジのカウンター奥に立て掛けてあった金属の棒を持って店先に出た。 軒に設置されたオーニングテントは可動式で手に持った長い棒をぶら下がった環に引っ掛けて回すと折り畳まれた部分が迫り出してくる。雨の日や日差しの強い日は店の前に置いたワゴン品ややって来た客を守るために必ずこれを出す。 けれど空を見上げて私は戸惑った。薄く綿棒で延したような雲が広がっているけれど雨は降っていない。さっき確かに雨音を聞いたのに。首を捻りながらそのまま奥の座敷へ戻る。 「ありがとうね」 「いえ、雨降ってませんでした」 ちゃぶ台に座り直して箸を持ちながら渡部さんに返す。昼飯の続きを食べてしまおうと大きく割ったミートボールを頬張る。粗挽き肉を使っていて噛みごたえのある食感が旨い。作った人物の顔を思い浮かべて複雑な気持ちになっていると渡部さんがにやにやと笑った。 「色惚けしてるねえ」 「え」 「いや、前から気になってたんだけど。佐伯(さえき)くんが旨そうな弁当持ってきてるからさ。いい人がいるんだろうなあって思ってたんだ」 そう言って私の手元にある弁当箱を指す。男の一人世帯とは思えない色鮮やかな弁当を見下ろし渡部さんは一層にやにやとした。 「そんなんじゃ、ないですよ」 咀嚼した肉団子を飲み下して頭を振る。そんな色っぽい話では本当にない。事実を伝えたところできっと信用されないので言わないけれど。 店長の年甲斐もなく揶揄うような視線を躱しながら昼を食べ終える。
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