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3  村はワイバーンが去って舞い上がっていたが、だれがワイバーンを倒したのかという噂でもちきりになっていた。  兵団のうわさでは、通りがかりの賢者が倒してくれたのではということになっているらしい。  俺のことは全く気付かれていないようで助かった。目立てば目立つほどできるやつだと思われて仕事を振られ大変なことになる。会社でも同じだ。  庭でロビーと一緒につくったブランコで遊んでいると、見覚えのある顔が家をおとずれてきた。ワイバーンを倒したとき、声をかけてきた剣士だ。  まさか、と思ったが彼は一人できていた。よく考えれば砂ぼこりのなかでもこちらから彼の顔が見えたのだから彼からもある程度は見えていたのだろう。  彼はこちらに気が付くと、話しかけてくる。 「このあいだのは、君か?」 「この間のって?」 「ワイバーンがだれかに倒されたんだ。魔法を使った人がね。しかも……あんな威力の魔法を使える人なんてそうはいない」 「へえ、だれがやったんだろうね」  俺はしらをきる。しかし冒険者はふっとほほえむと、ふところから布の袋を取り出し、俺の前に差し出した。 「そうか。じゃあ、もしその人を見つけたら、渡しておいてくれないか。別に君が使ってもいい。署名付きだ」 「いいの? ありがとう」 「礼ならいいよ。いや、むしろこちらこそ」  そう言ってなにも訊かず、彼は去っていく。気のまわる男だなと思いつつ彼の背中を見送ると、すこし離れたところで彼は立ち止まって振り返り、こちらに言う。 「魔法を学ぶのもいいが、冒険者という職業がある。危険もともなうが、魅力のある仕事だ。興味があればギルドにいってみるといい」  冒険者は言う。純粋にこちらのことを見込んでのことなのだろうが、こちらにその気はない。 「魅力、かあ。……でも、やめておきます」  俺は彼に聞こえるよう大きな声で言う。 「だって俺……働く気ないし」  自然と笑顔が出てしまった。冒険者はすこし意外そうにおどろいていたが、おだやかに微笑み、手を小さくあげて帰っていった。  彼がくれた袋をあけると、譲渡の書面とともに、金貨が大量に入っていた。人見知りのため隠れていたロビーがそれを見て、腰を抜かしていた。  ある日、行商人が街をおとずれた。彼は野菜などを買ってくれる上、都や世界各地から集めた珍しいものなどを売ってくれる。  しかし当然子供の俺にはそんなものを買える余裕はない。しかしたまに彼が本の読み聞かせや字の読み書きを子供に教えてくれるので、ロビーも俺も彼がくると必ず迎えにいった。 「バントさん、前にたのんだやつ持ってきてくれました?」 「あ、ああ。でもなぁ、あのお金はどっから持って来たんだ、セルト」 「冒険者の人がくれたんです。ワイバーンを倒した人を見つけたら、渡してくれって」 「うーん。まあいいだろう。ほら。『薬草調合学』『薬草図鑑』。それから、『工学』? とやらの本だ。探すのに苦労したぞ」 「ありがとうバントさん」  金貨を大量に渡す。この本の適正な価格はわからないが、わざわざ取り寄せてもらったのだからこの金額は妥当だろう。さすがに袋のなかの金貨も四分の一ほどになってしまった。 「ほら、ロビー。この本やるよ。あとで読ませてくれよな」  俺は工学の本をロビーに渡し、いつもの一本杉へと向かった。 「え? いいの?」 「ああ。俺はしばらく薬草の勉強でいそがしいからさ。これを勉強すれば、旅に出ても大丈夫なんじゃないかと思うんだ」 「ありがとうセルト!」 「おいおい……」  泣きながら抱き着いてきたロビーが、かわいいとともにちょっとうっとうしく思う。弟ってこんな感じなのかな。  でも、いつかは俺はここを出るつもりだ。  もう社会にはうんざりしてしまった。どこか、落ち着けるしずかなところで暮らしたい。  できたら温泉もあるといい。どこか誰も知らないような場所でひっそりと歳を取りたい。  真面目に働きすぎて、心がすり減ってしまった。今の俺には、それを癒す時間が必要なんだ。  そうして俺はある晴れた日の朝、置き手紙を置いて家を出た。  ――そう、この世から隠居(いんきょ)するために。
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