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9  畑に水やりをしていると、遠くの雲が黒ずんでいるのが見えた。  どうも怪しい空模様だ。かなりの激しい雨が降るかもしれない。  そうなるとせっかく育っている作物に悪影響が出るかもしれないな。どうしたものか。  俺はポンと手をたたく。そうだ、農業関連の本もこの前買ったんだった。それを読むとしよう。  さっそくアトリエに戻り、本の知識を借りる。 「なるほど。風対策に支えの棒をつける、か。雨対策は、と……。これか、なるほど。まわりに溝を掘って、水のルートを作ることで水はけをよくするわけか」  さっそく、モス、マリル総出で畑のまわりに溝をほりまくった。坂の下に水が流れるよう計算しつくされている。これなら元々雨対策に高畝にしてあるので、水の影響はそこまで受けにくいはずだ。  そうこうしているうちにやはり雨がぽつぽつと降ってきたので、家で茶を飲みながら魔導書を読む。モスとマリルはマルバツゲームやお手玉、それから作れとうるさいので作ってやった滑り台も楽しんでいるようだ。  俺が目指していたしずかで優雅な隠居生活とはちがうが、まあ高望みしすぎるのも良くない。  なにかに追われるようにして焦ったりすることが、今の俺が一番避けたいものだ。とりあえず平穏であるならば文句は言うまい。  外の雨と風の音が激しくなってくる。しかし風よりも雨が気になった。薬草や作物に影響が出ないといいが。  そんなことを考えていると、魔導書を読むのも気が散って集中できない。  ふと文字を読むのを中断すると、パラパラというような不思議な音が聞こえた。  気のせいかと思っていると、モスが近寄ってきて言う。 「ねえタクヤ、変な音がしない?」 「お前も聞こえるか。ちょっと外に出てみよう」  ローブを被り、外に出る。ゲリラ豪雨のようなすさまじい雨で、視界が遮られるほどだった。  雨の音に混じって、石が木にぶつかるような音がする。  異変を感じ、家から離れて森をうろつく。  すると、どこにいってもひどい土砂崩れが起きており、瓦礫の壁で道がふさがっている。  さらには川が氾濫し、洪水が起きていた。土砂をふくんだ濁流が山をおり、ふもとは茶色の海のようになってしまっている。 「うわー。こりゃ大変だよー」  マリルの言う通り、このありさまはひどいな。街へは距離があるが、あのあたりには稲作をしている農家が多い。まず間違いなく被害を受けてしまうだろう。  苦労が想像できる。正直同情するな。 「ねえタクヤ。土砂崩れで、野生の薬草が埋もれちゃうんじゃないの」 「ッ!!」  モスの指摘に俺は愕然となる。たしかにそうだ。 「たしかにまずいな。土砂崩れも厄介な上に、河の近くでしか取れない種類の草はこのままでは激減してしまうだろう」 「どうにかしてみればいいじゃん」  マリルが無責任なことを言う。 「どうにかって……」  そこで、俺はマリルを見て思い出す。  そうだ、『創造と破壊の力』。俺は知らなかったが、そういう魔法が使えることをマリルが教えてくれた。 「創造の魔法か。試してみることはできる。……が」  ――しかしいいのか。『神格』のスキルだぞ。これを乱用することにリスクはないのか。  たとえば、使えば使うほど神に近づいてしまうような魔法なのだとしたら――    数分間固まるほど迷ったが、やるしかない。ここで隠居するためには、この森を守らなくてはいけないんだ。 「モス、土砂や濁流を吸い込むことはできないのか」 「やってみる」  モスはうなずき、土砂を吸収する。 「うう、だめだ。もうお腹いっぱいだよ……」 「く……いや、よくやってくれた。……もうこの手しかないか」  まずなにから手をつけるべきか。おそらく最初に濁流を止めなければいけないだろう。地形が変わってますます土砂崩れが起きやすくなってしまう。  しかし濁流を止めたとしてその先はどうする。雨は降り続けている。風を起こして雨雲ごと吹き飛ばしてみるか。  俺の頭にそんな計画が持ち上がり、思わず笑ってしまう。  ――いや、待てよ。そう悪い考えではない。ようは土砂と濁流を止め、雲をどかせばいいんだ。  俺は思いついたまま、両手を合わせて祈るように目を閉じる。  あの魔法はかなり疲れる。ふらつき、地面に手をついた。 「……どうだ?」  おそるおそる目を開ける。土砂が元あった場所にもどっていき、河が逆流している。そして空で爆発が起き、黒い雲が地平線の彼方へと去っていく。 「すごいぞー! マリル様のお祈りが通じたのだ! さすが妖精だぞ」  マリルが言う。 「え、でも……」  モスが俺とマリルを交互に見て、困惑していた。 「まあ、どうにかなったみたいだな。畑が荒れてないか見てくる。お前らは薬草が無事か見てきてくれ」 「りょーかい!」 「まかせて!」  俺は二匹をあとにして、畑の方へと向かう。しかしその途中の道でひざから崩れ、俺は両手を地につく。  汗が止まらない。思わず泥だらけの片手で顔を覆った。  まずい、魔力の放気が止められない――力が溢れ続けてしまう。制御できないほどに。  紫色の空気が自分の手から放出されているのが見える。神々しいが、俺にとっては恐ろしいことだ。  まわりの大気、そして地面、木々が力の波動を受けて揺れ始める。  どうにかこらえ、気を静めようとつとめる。それが報われ、その現象はおさまった。  あきらかに前とは違う。あの魔法を使ってから、自分が強くなりすぎているのがわかる。  どういうことか、おそらくはわかっている。  神に近づいている。自分が制御できる範囲をこえた領域の力を使えば使うほどに。  ふざけるな。俺は社畜の神になんてなる気はない。なってたまるか。  決めたんだ。一生分の休暇をとると――  それから数日、ゲリラ豪雨は嘘のように消え去り、平穏な日々がもどってきた。  三人で薬草集めに森を回っていると、山のふもとの辺りで見慣れないオブジェを見つけた。祠のようなものが大きな土砂崩れがあったところにできている。  以前にはなかったはずだが。  そこに人の気配を感じ、俺たちは草むらに隠れる。 「いやあほんと助かった。不思議なこともあるもんだな。濁流が消えちまったんだから」  老人の男二人組が祠の前にやってきた。  そうして手を合わせる。 「きっとこの山には神様がいるんだべさ。感謝しねえと。オラの農地を救ってくださってありがとうごぜえます。それから土砂崩れを片付けてくださって、交通に支障がなくなりました。ありがとうごぜえます、クワルドラ神さま」  パンパンと手をたたいて、二人はお供えものを残して去っていった。  ……土砂崩れのことは、自分の薬草採集に支障が出るからなおしただけだ。それが神とはな。 「あのお供え物の団子、おいしそうだぞ!」  マリルがよだれをたらしながら言う。 「えぇ!? お供え物食べちゃったら、バチが当たらないかな……」  モスはびくついて言う。 「気にすることはないだろ。マリル、お前が雨を止めてくれないんじゃないのか」  俺が言うと、マリルはニッと満面の笑みになり、遠慮なしにお供え物をあさりはじめた。  俺もお供えものの団子に手を伸ばし、ぺろりとたいらげる。 「それにバチが当たってくれた方がいい……俺にとっては」 「え? なにか言ったタクヤ?」  モスの問いに俺は答えず、ただ空を見上げた。青い空が広がっている。
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