昭和二〇年三月

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     二  町民の避難が着々と進んでいくこと以外、状況はまだ何も変わっていないように見えた。爆撃は無く、どこからも火の手は上がっていない。  機影は暗い海の魚の群れのように、相変わらず東京の方角めがけて突き進んでいく。  が、よく耳を澄ませば、その数もだいぶ落ち着きつつあるようだった。もう粗方(あらかた)通過完了していたのかもしれない。  神社に着いた。親父に従って奥に回る。  地面を這う木々の根に足を取られないよう、もうほとんど歩くようになっていた。下がってきた婆さんの体を上に揺すった。  俺は少し考えていた。これから防空壕の中でどれくらい過ごすことになるだろう。  それはすなわち、あれだけの数の爆撃機が東京を焼いて帰って来るまで、一体どれだけかかるのかということだ。早いのか、遅いのか。帰りにまたこの町を通るのか、それとも別の道なのか。  しかしいずれにせよ、あれら爆撃機が残らず関東上空を離れていくまでは、避難は続くだろうと思われた。  暗い防空壕の中で、律とふきは(むずか)るだろうか。泣くだろうか。
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