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ふと気づく。前を歩いていたはずの親父がいなくなっていた。岸の婆さんと目を合わさないよう、体ごと顧みて確認した。
親父はそう遠くないところにいた。が、完全に足が止まっている。木の根を見つめて押し黙っている。
呼ぼうとした時、その背後の景色が目に入った。尖った炎が赤々と揺れているのは、どうも俺達の家の方に見えた。
あっちもそれに気づいているのかはわからなかった。親父はやおら顔を上げ、訊いた。魁。お前、母ちゃん達を見たか。
「は? 見てねぇよ。だって」
中途半端に開いたまま、不意に俺の口は動かなくなった。もうとっくに生え揃っているはずの奥歯を、血の味のする隙間風が撫でていったような気がした。
そうだ。見てねぇ。そりゃおかしい。
だって、向こうは小さい妹ふたりを連れていたのだ。抱えて走ったかもしれないが、細腕のお袋に岸の女房、それに爺さんがひとりだ。
先に行かせたとはいえ、たいした時間差じゃなかった。俺と親父で人ひとりずつ背負っていたとはいえ、それでもこっちのほうが足は速いはずだ。途中で追いつかなかったのはどうしてだ。
……違う道を行ったのかもしれません。負われている身で申し訳ないが、蜂矢さん、とにかく今は防空壕へ行ってみましょう。
親父の背で、真っ青になった手足ひょろひょろがそう言った。親父は浅く頷いて歩き出した。
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