昭和二〇年三月

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     三  最後の防空壕を覗き込んだ。湿っぽい暗闇からいくつもの目がこちらを見つめ返したが、そこにも妹達の姿はなかった。  防空壕に入らずごちゃごちゃやってるのは、もう俺達くらいだった。  親父はひどく静かな顔をしていた。穴ぐらの入り口に岸を下ろすと、こちらに向かい合った。そして、本当に珍しく、俺の頭にそろりと手のひらを置いた。  お前もいい加減婆ちゃん下ろせ。そんで、一緒にここで待ってろ。岸さんの言うこと聞いて、ちゃんとおとなしくしてろよ。……岸さん、すまねぇが少しの間こいつを頼む。  蜂矢(はちや)さん! だめだ、戻っちゃいけない! 落ち着いて、よく考えてください。あなたに何かあったらこの子はどうなります。  岸さん。こいつ、俺がいなくても大丈夫だよ。  俺ぁね、岸さん。毎朝目を覚まして、こいつの顔を見るたびに、ああ、まだいてくれたかと心底安堵したし、同時にひどく奇妙な感じもした。  俺の子である以前に、こいつはそういう生き物なんだよ。誰にも変えられねぇ。何度も殴って聞かせて、少しは人間らしくしたつもりだが……俺はもうこれ以上何もしてやれねぇし、それはこいつが一番よく理解してる。あの妹達がいたから、お情けで家に残ってくれていたようなもんなんだ。きっとな。  蜂矢さん、ああ、ああ、一体何を言ってるんです、しっかりしてください。  とにかく行ってはいけない。全員の無事を祈って待ちましょう、もうそれしかありません。…… 「あ」  太い手首の下から声を漏らす。ふたりの男は弾かれたように顔を上げてそちらを見た。
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