昭和二〇年三月

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 岸の女房だった。空襲警報と共鳴するように泣き喚いている。汗を垂らした爺さんがゼイゼイと、その手をほとんど無理矢理引っ張りながら走ってきた。  びたんと音がした。痛めた足で駆け寄ろうとしたのか、岸が俯せに倒れ伏していた。そのままひょろひょろの手足を懸命に蠢かして行き、爺さんの脛にかじりついた。  蜂矢さんの奥さんは!? 子供達は!  はぐれた……。  はぐれた!?  人混みに紛れちまって、見失って。今まで探していたんだが、ば、爆弾も落ちてきて、それで。  一気に言って息を詰まらせる。うわあああと叫んで女房が崩れ落ちた。大きく肩が上下して、涙がぼたぼた垂れていく。  親父は黙ってふたりを見ていた。その視線に気づくと、爺さんは紙のような顔色のまま言葉を繋いだ。  と、途中で……俺達の手をすり抜けて、女の子達が引き返しちまったんだ。奥さんはそれを追いかけて行った。危ない、行くなと言っても、あっという間に……。  すまねぇ。あんたは命懸けで俺達を助けてくれたのに、俺は……俺にはもう、どうすることもできなかった。蜂矢さん、本当に、本当に面目ねぇ……。 「……なんでだ?」  全員の目が俺に集中した。
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