昭和一九年七月

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 痩せているのにふよふよした体だ。それがじっとりと熱くてげんなりする。  お袋はうふふと笑った。あんた相変わらずびっくりするくらい体が冷たいねぇ。生まれた時、産婆さんが怖い顔して、こりゃだめだ、病気にかかってすぐ死ぬに違いないよって言ったけどね。元気に育ってくれて本当によかった。  学級で一番背が高いんだろう? やっぱり父ちゃんみたいに大きい男になるんだろうねぇ。 「……」  黙っていると、ちょうどろくろ首がするする首を伸ばすみたいに、白い腕が一本伸びてきた。乾いた手のひらが俺の坊主頭を撫で回し、瞼や眉尻、鼻筋や顎に残る傷跡をなぞって、最後に今日殴られた頬をそっと覆った。  生臭いにおいがする。毎日日暮れまで魚の加工工場で働いているからだ。  魁、と、お袋は再び口を開いた。  あんたには感謝してる。学校が終わったあと、いつもまっすぐ家に帰ってきて、律とふきの面倒を見てくれてる。文句も言わずに。  父ちゃんはあんなこと言ったけど、今のままで十分だよ。女の子の機嫌の取り方なんてわからなくて当然だ。そんなのが今から上手だったら、却ってあんたの将来が心配になるよ。  あとは……怪我するのだけ減らしてくれたらいいんだけどねぇ。  あんたはどうしてか滅法痛みに強いから、赤ちゃんの頃から、転んでも何しても全然泣かない子だった。  今も同じだ。痛いのは嫌なことだって、まだよくわかってないんだろう。  売られた喧嘩は買っちまうし、父ちゃんに殴られるのも怖くない。あんたを見る度に怪我が増えてる気がして、いつも肝が冷えるよ。  本当にそれだけが心配だ。あんただって、父ちゃんと母ちゃんの大事な子なんだよ。もっと体を大切にしな。  ね、魁、魁……。
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