65人が本棚に入れています
本棚に追加
/77ページ
「なんでだろうな」
自分の独り言で我に返る。
帰宅した俺は茶の間にいた。以前親父から、少しでも頭がましになるように毎日新聞を読めと厳命されたので、この時間は辞書を片手に新聞を広げていることが多かった(あの頃のあんなもん読んで頭が良くなったとは思えないが、読める漢字はそれなりに増えた)。
ちょうど辞書があることだし、魁という字を調べてみようかという気が起こった。が、できなかった。下の妹が俺の胡座によじ登り、上の妹も勢いよく背中に飛びついてきたからだ。
下の妹が言う。兄ちゃん、ふぅの名前言って。
「……ふき」
もっといっぱい言って。
「ふき、ふき、ふきふきふきふきふきふきふき」
ふきはニタニタ笑って聞いている。
上の妹が後ろから、ずるーい! 律も呼んで! と口を尖らせた。
「律、律、律律律律律律律」
ふたりしてキャーキャー笑う。一体何がおもしろいのかわからないが、妹達は毎日飽きもせずこれをねだった。
どちらも短い名前だが、素早く正確に繰り返すとなるとやや言いづらいものだった。それでも求められるがまま、あの頃の俺は、日に何度も妹達の名前を呼んでやっていた。
最初のコメントを投稿しよう!