零戦

3/7

65人が本棚に入れています
本棚に追加
/77ページ
 やがて満足したのか、ふきが全く別のことを言った。兄ちゃん、お歌うたって。  律も言う。兄ちゃん、お話して。 「俺は歌いながらは話せねぇ。どっちかひとつにしろ」  えー。じゃあ、お歌にする。 「……かぁらぁすー。なぜ鳴くのー。(からす)はやぁまぁにー……」  また烏の歌ー、いつも同じーと言って、律は俺の背中で笑い転げた。  下がやけに静かだ。歌いながら見下ろすと、ふきが何かを口に入れてちゅうちゅう吸っていた。  指を入れて取り出した。手に乗せて見れば、どうやら昨日親父に吹き飛ばされた俺の奥歯のようだ。いつの間に庭を這い回って見つけてきたのだろうか。  律が腕で俺の首を絞めながら飛び跳ねた。あー、兄ちゃんの歯だぁ! 兄ちゃん、どっちの歯? 上の歯? 下の歯? ねぇねぇねぇ! 「やぁまぁのー。ふぅるぅすへー……下の歯」  下だよ! 屋根に投げなきゃいけないんだよ! と叫び、俺の手から歯をひったくって裸足のまま庭に降りる。ふきが今にも泣き出しそうな鼻声をあげ、へたへたとした走りで追いかけていった。  もう歌わなくてもいいらしい。口を閉じて妹達を眺めた。  律が渾身の力を込めて腕を振る。それでも歯は屋根まで届かず落ちてきてしまう。それを何度も繰り返している。ふきが地団駄を踏み、もやると言って歯を受け取った。その瞬間、南の空から爆発音が聞こえた。
/77ページ

最初のコメントを投稿しよう!

65人が本棚に入れています
本棚に追加