花冠

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 軽く頷くように目を伏せる。  すると、ちょうど足元に、大きく開花した蒲公英(たんぽぽ)を三本も見つけることができた。これまでと同じようにしゃがんで摘み取っていく。  動き出した俺に対し、坂道の人影は微動だにしなかった。  その代わり、背後から、じっくりと重たい男の足音が近づいてきた。 「(かい)」  昔の名を呼ばれた。  俺はちょうど鼻の下を虫が飛んで横切って、(かゆ)くて、左腕の袖で(こす)りながら立ち上がった。  ちょっと迂闊(うかつ)だった。左手に持った黄色い花と細長い茎の束。むわりとした青い匂いが鼻孔に急接近して、したくもないくしゃみが出そうになる。  顔をしかめて我慢している俺に、親父は「変な(ツラ)をしていやがる」と言って少しだけ笑った。  坂道のあの人と違い、親父はこの十年、必ず俺の前に現れる。年に一度。三月十日、ここが芝生墓地になる前からずっと。  この人達の墓参りは午前中に終わる。しかし親父だけは毎回丘の下に残り、俺がやってくるのを待っている。  一番初め、一周忌の日に居残ってぼんやりしていたのは偶然だろうが、その時に俺は見つかってしまったのだ。この辺りで蒲公英(たんぽぽ)を摘んでいるところを。それ以来、なぜか毎年待ち伏せされている。……  今日は親父も背広姿だった。ただ、上着は脱いで小脇に抱え、袖も肘まで捲り上げている。  しばらく静かにこちらを眺めていた。俺も黙って親父を見た。本当にネクタイの似合わねぇ男だなぁと思った頃、親父はその結び目に太い指を差し込んで少し緩めた。  そして、いつもと同じ問いを発した。
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