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「よお、おこちゃま君もとうとう17歳でちゅね、おめでとー。」
うちのクラスに入ってくるなり、そう大声で言って俺に抱きついてきた。その時のことを思い出すと自然と笑えて来る。
「や、やめろよ、ってか、お前何でまだ授業始まってないのに、こんなに汗かいてんの?しかもそのままくっついてくるなんて。信じられねえ。」
全力でゴールドを押しのけようとした。だけど、スクラム慣れしている奴になんか、全然通用しない。もっと力を込めて締めあげられた。
「うげ、頼むよ。わかった、わかったから。」
あはは、と至近距離で笑われる。焦げ茶色の大きな瞳。いつでも陽気な明るい目。
「あら、僕ったら天下のナイト君を独り占め。」
そう言ってやっと奴が離れた。
「お前、せめて着替えてから来いよ。」
「いや、何を置いても駆け付けた、この友情を感じてちょーだい。」
ほい。
なぜかバナナを渡された。
「は?何でバナナ?」
「あれ、お前嫌い?」
「いや、嫌いじゃないけど。」
「何か俺さ、結構気に入っちゃって、誕生日にバナナプレゼントするの。メッセージとかも書いちゃってんのよ。見てみ。」
バナナをひっくり返した。真っ黒なサインペンで大きく“おじさんナイト”と書いてあった。ユルい。何だか体中の力が抜けるようなユルさだ。ゴールドは得意げに笑っている。まあ、いいか。こいつが嬉しそうだから。
「食っていい?」
「もちよ。」
何故か腕組みをして見られている。しかもものすごく近い。これだけ注視される中でバナナの皮をむき、食らいつくなんて、生まれて初めてだ。
「うん、うまい。」
「だろー。ぜってえ、そうだと思った。俺さあ、もうバナナの目利きになっちゃって。」
とニッコリ笑っているこいつは。
「でもさ、もう一回聞くけど、何でバナナ?」
うまいけど、ちょっと喉がつまりそうだ。そう思った瞬間に、
「ほい。」
とテトラパックの牛乳が渡される。こちらには「愛を込めないで」と書いてあった。こいつは。
「サンキュ。」
飲み干すと何だかバナナ牛乳の味になった。小学生の頃の味だ。懐かしい。
「いや、ほらブルーがさ、」
ブルー?紺野さんか。こいつは本当に紺野さんと仲が良いな。
「バナナ猿じゃん。で、誕生日にもバナナをやったわけ。」
「誕生日?」
「うん、あいつ1月31日が誕生日なんだよ。何か俺の周りって、早生まれが多いんだよな?あれ、何で早生まれって言うの、むしろ遅生まれじゃねえの?」
「俺もそれすごく疑問だったんだけど、一年間の始めの方に生まれると早生まれって言われるんだってさ。」
「ああ、それでか。で、お前もブルーも早生まれな訳だ。」
「うん、だな。」
そうか、紺野さんの誕生日は俺より先なんだ。真冬か。大寒。
「けどさ、毎回思うんだけど、お前三月三日ってなあ。」
「ああ、去年も同じこと言ってただろう?」
「おう。何か出来過ぎなんだよな。」
「は、ひな祭り生まれが出来過ぎ?」
「ああ。何かお内裏系って言うの?ヒーローな感じがさ、お前にぴったり。」
「ひな祭りでお内裏様に着目すんのって、お前くらいだろうよ。」
「ええ、そうかな?だってカッコいいじゃん。青とか銀色の着物着て、最上段に品よく座っちゃってさ。」
「お前よく観察してるね。」
「仕方ないだろ?毎年、妹のために俺が、わかっちゃいるけど何で俺なんだよなあ、お雛様飾ってるんだから。」
「え?何でお前なの?」
「ああ、うん。それ、結構金子家の暗黒の歴史って言うか。ほら妹の真珠さ、俺より五歳下じゃん。で初めての女孫だっつーんで、母ちゃんの方のじいちゃんとばあちゃんが、大喜びでお雛様贈ってくれたんだよ。で、あれは真珠が四歳の時だったな、たしか。皆が見てなかった時にさっとお雛様を箱から取って、ひな壇に飾ろうとして落としたのよ。」
「マジか。」
「うん、マジ。で首がもげちゃってさ。真珠もそりゃショックだっただろうけど、それより母ちゃんがな。何でか泣きそうになっちゃって。せっかくおじいちゃんとおばあちゃんが、って言ったきり黙っちゃってさ。涙落ちてるし。真珠はそれ見てギャン泣きするし。で、それ以降、俺が飾るって言って、今に至る、みたいな。」
「お前、優しいよな、何だかいつも。」
「へ、そうか?」
焦げ茶色の瞳が大きくなる。はてなマークがその目に浮かんでいる。こいつが好かれるのがよくわかる。純真っていうか、ともかく優しいんだ。表面は限りなくくだらないんだけど。
「という訳で、お雛様のことなら俺、プロよ。」
何のプロだよ、と言うのは止めておいた。
「でさ、」
急に小声になっている。
「ああ?」
「今日、お前幾つくらいプレゼント貰うと思う?」
「知らねえよ、そんなの。」
「去年もすごかったもんな。俺のサブバッグ貸したじゃん。」
「ああ、そうだったな。」
おかげでプレゼントに汗臭い、男臭い匂いが染みついてしまった。家に帰ると、まひるが大騒ぎして、あっという間にバッグごとベランダに放り出してた。
「今年はお前、ちゃんと袋持ってきた?」
「いや、俺じゃなくて、まひるが出がけにこれよこした。」
俺はガサガサと音がする、大きなブルーに黄色で店の名前が入っているバッグを取り出した。ゴールドはそれを見て、大笑いした。いや、さすが、ひるまよくわかってんじゃん。このサイズってさあ。
「あ、でもお前、佐々木さんと付き合ってんだろ、まだ。じゃ周りも遠慮する―」
「あの、水木君、」
さっきからゴールドの肩越しにこちらを窺っていた女子三人組が、とうとうゴールドの真後ろに立った。こいつがなかなか行かないからしびれを切らしました、と顔に書いてあった。
「って、遠慮してねえし。」
大声で言うなり、ゴールドは立ち上がってイッヒッヒと笑って、三人のうちの一人に睨まれている。
「じゃあ、お邪魔しました。とりあえず、誕生日おめでとうってことで。」
そう言って、ハイタッチをして出て行った。ゴールドは意外に繊細だったりするから、笑いをとりつつ絶対に邪魔したりしない。人の気持ちを大事にする。ああいう奴は本当にキャプテンに向いてるよな。
結局、思考はそこに戻ってしまう。もう一度溜息をついた。自分のことをチームプレーヤーだと思っていた。それなのに―
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