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「萌。お前に言っておかねばならないことがある」
祖母がぽつりと言葉を落とした。
助産師をしながら女手一つで父を育てあげた彼女は、いつも男のような口調で話す。
灰色の髪を短くまとめ、センスの良い着こなしで風を切って歩く。
歩幅の広い祖母に手を繋がれ、外を歩くのはいつも大変だった。
でも、そんなところがとてもとてもかっこいい。
私も晶も、祖母が大好きだった。
「用件は二つ」
ふう・・・と、重々しい息を吐いた。
祖母は、私たちの前でため息なんてめったにつかない。
「まず、私はもう長くない」
数年前に手術入院したのは覚えている。
でも、退院してからはいつもの祖母だったので完治したのだと思い込んでいた。
今、こうして向かい合っている瞬間も、祖母に死の影なんてまったく感じられない。
なのに。
「そして、お前は多分。・・・数年以内にオメガに変転するだろう」
オメガは特殊性。
アルファの子どもを産むための本能が普通の女性より強いらしい。
ついこの間小学校の授業で習ったばかりで、先生の話しぶりからあまり良い印象は持てなかった。
なのに、こんなことって。
「うそ・・・」
重すぎる真実を立て続けに聞かされて、息が止まりそうになった。
「すまない。せめてお前が変転するまでは生きていようと思っていたのだけど、もう時間がない」
「おばあちゃん・・・」
目に映る世界の全てが、歪んでいく。
「本当にすまない、萌」
テーブルの上で両手を強く握られた。
指の長い、大きな手。
温かい。
それなのに。
この人は、もうすぐいなくなってしまうなんて。
「萌さん。タオルの件で業者さんが二時くらいに伺いますって、電話がありましたー」
「あ、はい。ありがとう唯香さん」
店の外の窓に洗剤を吹き付けて乾拭きしながら、答えた。
明日からここでの仕事が始まる。
駅近くの商店街の一角にあるこの美容室が経営難に陥ったのをオーナーが知り、居抜きで買い取って新しい支店に決めた。
ここはマンションの一階に立ち並ぶテナントの一つ。
隣は珈琲店、その隣に雑貨屋、そしてパン屋。
お昼ご飯の確保に困らないのがありがたい。
機材の配置は変わらないが内装はがらりと変えた。
知人のつてをたどってアンティーク家具を少し入れて、居心地の良い空間を作れたと思う。
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