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「笠井くんのところも近くに強力なライバル店が出来て苦戦してるみたいね」
夫の笠井涼介は数年前から吉祥寺の店を任されていて、萌はもともと彼の部下だった。
「あああ。やっぱりですか」
「なに、旦那から聞いていないの」
「お互いもうぐったりですよ。仕事の話なんてとても」
萌が店を任されたあたりから、勤務日はばらばらでお互いに帰宅は深夜になることが増えた。ベッドにたどり着いても先に帰ったほうはすでに眠っていることが多い。
そういえば最近、夕飯は元より朝食すら一緒に食べてない。
必要事項はメールでやりとりしているけれど、きちんと向き合って話をしたのはどのくらい前だろうか。
「新婚なのに?」
入籍したのは昨年のクリスマス。あと数か月でもう一周年を迎える自分たちをはたして新婚と言って良いものかどうか。
「新婚も何も・・・。付き合いが長かったし」
ずっと互いの家を行き来していたため、それを加えたら十分こなれた夫婦と言えそうだ。
「笠井さん、ふんわりした雰囲気があの店に合って良かったんですけどねえ」
唯香が焼酎のグラスを傾けながらふと口をはさむ。
「え?」
「なんか・・・。変わりましたよね」
断定するような言葉に、萌の心臓がはねた。
「・・・そ、そう?」
とっさに笑みを浮かべて取り繕う。
何が、変わったのか。
いつ彼を見たのか。
どうしてそれを今言うのか。
尋ねたいけれど、口にするのをためらってしまった。
「まあ笠井さんのとこは、ご新規特典期間が終わったら落ち着くんじゃないですかぁ?同期の子が言ってましたよ」
小夏のフォローに救われた。
「ありがとう。涼さんと話してみるよ」
ちゃんと時間を作らなきゃ。
それから・・・。
グラスの中の梅の実を眺めながら思った。
涼さん。
もしかして、あなたは。
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