1 眠り王子

2/4
前へ
/64ページ
次へ
「もうすぐ四時間目が終わるぞ。おまえ、ずい分眠ってたなあ。少しはスッキリしたか?」 ベッドの主はまだ横たわったまま、ゆっくり、季澄の方へ瞳だけ動かした。その行為さえ大儀そうに見える。 「うん……少しはいい、かな」 「昼飯は、食えそうか?」 季澄の質問には答えず、無機質な天井をじっと見つめている。季澄はそっと近づき、ベッドの脇に腰掛けた。 (顔色も、あまり良くなってないな) このいつも眠そうな二年生、矢倉(やくら)聖名(せな)が、初めて保健室に顔を出したのが一週間前。 以後、頻繁に訪れるようになるが、今日はいつもより早く、二時間目開始前にベッドに転がった。白い顔をして、気分が悪そうだった。 季節は五月。彼のように、高校に入学して五月を迎える頃、体調を崩す生徒は少なくない。いわゆる五月病だ。聖名(せな)が、その典型的な症状なのは明らかだった。 「無理して食うこともないけどなあ」 「うん……何も食いたくない」 力なく答える聖名(せな)の足元に眼をやると、ベッドから二十センチ位、足がはみ出している。身長が優に180センチを超える聖名には窮屈そうだ。 開校以来、何十年も使用しているであろうこのパイプベッドも、現代の若者のサイズには、かなり遅れをとっている。 「先生」 彼は小さな子供のように、無邪気に季澄を見上げている。 「うん?」 「先生の髪ってさ、色入れてるの?」 聖名はゆっくり腕を伸ばし、季澄の肩より十センチほど長い髪に触れた。 「――いや、よく言われるけど、子供の頃からこんな色だよ。色素が薄いんだろうな」
/64ページ

最初のコメントを投稿しよう!

91人が本棚に入れています
本棚に追加