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「もうすぐ四時間目が終わるぞ。おまえ、ずい分眠ってたなあ。少しはスッキリしたか?」
ベッドの主はまだ横たわったまま、ゆっくり、季澄の方へ瞳だけ動かした。その行為さえ大儀そうに見える。
「うん……少しはいい、かな」
「昼飯は、食えそうか?」
季澄の質問には答えず、無機質な天井をじっと見つめている。季澄はそっと近づき、ベッドの脇に腰掛けた。
(顔色も、あまり良くなってないな)
このいつも眠そうな二年生、矢倉聖名が、初めて保健室に顔を出したのが一週間前。
以後、頻繁に訪れるようになるが、今日はいつもより早く、二時間目開始前にベッドに転がった。白い顔をして、気分が悪そうだった。
季節は五月。彼のように、高校に入学して五月を迎える頃、体調を崩す生徒は少なくない。いわゆる五月病だ。聖名が、その典型的な症状なのは明らかだった。
「無理して食うこともないけどなあ」
「うん……何も食いたくない」
力なく答える聖名の足元に眼をやると、ベッドから二十センチ位、足がはみ出している。身長が優に180センチを超える聖名には窮屈そうだ。
開校以来、何十年も使用しているであろうこのパイプベッドも、現代の若者のサイズには、かなり遅れをとっている。
「先生」
彼は小さな子供のように、無邪気に季澄を見上げている。
「うん?」
「先生の髪ってさ、色入れてるの?」
聖名はゆっくり腕を伸ばし、季澄の肩より十センチほど長い髪に触れた。
「――いや、よく言われるけど、子供の頃からこんな色だよ。色素が薄いんだろうな」
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