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贈る側
十二月。
クリスマスと皆がはしゃぐ今日、地元の商店街でオレはサンタのストラップ配りをしていた。
おもちゃ屋の宣伝のため、店の前を通る子供連れに無料配布をするのだ。
手造りの割には可愛いと中々好評で、ダンボール山盛りあったストラップはあと二つしか残っていない。
気乗りしないながらも、仕事と割りきって朝から頑張った結果、昼にしてこの量にまで減らしたのだ。
だからもうゆっくりしていいだろうと、勝手に結論付けて通りから少し外れた休憩場所に向かった。
サンタのイメージを壊さないようにと、叔父からもらった赤い色のネックウォーマーを、鼻の上までグイっと上げる。
それまで痛いくらいだった鼻の冷たさがじわじわと和らいでいった。
サンタが赤い鼻なんてトナカイかよ、と独りで突っ込む。
休憩場所には電気ストーブが置いてあり、そこの真正面に椅子を持っていった。
体が冷えているのでなるべくゆっくり座る。
足元からじわりじわりと温もりを感じ始めた時、オレは自分の腕で冷たくなった自身を抱きながら、こうなった経緯を思い出してため息をついた。
商店街にあるおもちゃ屋さんを経営してる叔父に頼まれて、サンタの格好をする羽目になったのはつい昨日の事だった。
たまたまうちに遊びに来ていた叔父が、クリスマスプレゼントだと言ってオレが欲しかったものをくれた。
そして叔父は欲しかったものを貰って、何も知らず興奮しているオレにもう一つプレゼントをくれた。
一個目のよりも、包装が派手でオレの期待は膨らんでいた。
膨らんでいたんだ!
なのにプレゼントの中身は、サンタ特有の赤いビロードの上下服に、同じ生地で作った帽子。御丁寧に白いモコモコつき。
それもとても立派な。
叔父は笑顔でオレにこう言った。
『メリークリスマスは商店街で!』
……あーあ。まあ、いいんだけどさぁ。
「メリークリスマス……」
そう呟くと白い息がふわっと舞った。
「メリークリスマス! サンタさん」
不意に後ろから声が聞こえた。
振り向くとそこには、同い年くらいの女の子が手を振っていた。
明るい栗色の髪が、肩あたりで揺れている。
……これはオレが手を振られているのか?
恐る恐る手を振り返すと、彼女は嬉しそうに笑って近づいてきた。
知り合いか……?
いや、見たこと……ある気もするしないような?
ぐるぐると考えている間に、彼女は隣の椅子に腰掛けた。
「突然ごめんね? 何かサンタさんとお話ししてみたくなっちゃって」
彼女はそう言って微笑んだ。
なんだーーー!これ。
どうするのが正解なんだよ。
「あの……ぼくサンタの格好してるけどサンタではない……いや、サンタですけど……えー?」
明らかにテンパってしどろもどろなオレに彼女は声をあげて笑った。
「大丈夫、とって食ったりしないから」
笑う度に揺れる長くも短くもない髪が、とても魅力的に見えてドキリとした。
透き通るような白い肌に、明るい栗色がよく似合っている。
「ね、今日はクリスマスでしょ? だからサンタさんと話したら良い記念になるかなって」
「なりますかね?」
「なるなる!」
「でも話すって何をーー」
「今、いくつ?」
「食い気味ー! 十六ですけど」
「んじゃ好きな食べ物は?」
「母親の作るハンバーグかなー」
「あーー、ハンバーグ! 美味しいよね、あたしも大好き! ……なんか食べたくなってきちゃう」
何が楽しいのか、前のめりにガンガン来る彼女に、オレは魔法にかかったかのように色々な事を話した。
好きな色、好きな芸能人、嫌いな事、通っている学校、友達の事、果ては近所のおばさん達の近況まで。
「姉弟はいるの?」
「兄妹? 妹がね、いるよ。すっげ生意気」
そっかあ、と今までと同じように微笑みながら相打ちを返してくる。
「仲は良い?」
「どうだろう。やっぱり妹だから身内だし、生意気でも愛情はあるかな」
言っていて恥ずかしくなったオレは、勢いで彼女に質問をした。
思えばこれが初めてのオレからの質問だったと思う。
我ながら下手なナンパみたいだった。
「そんなことより! 名前教えてくれませんか?」
少女は驚いた顔をすると、ナンパみたいと笑った。
「名前? んー、どうしよっかな。ほんとは言っちゃだめなんだけど君は特別ね」
ユウコって言うの、と耳元で小さく囁かれた。
高校生になり立てのスポーツ少年にそれは刺激がきつかった。
思わず体が固まる。
どうして言ってはだめなのか、不思議に思ったけどそんな事は今はどうでも良かった。
耳が真っ赤になってるのを、隠すことのほうに必死だったからだ。
「純情だねー」
嬉しそうに笑っている彼女からオレは恥ずかしさを堪えつつ顔をそむけた。
彼女はオレの顔を覗き込むようにして、じっと見ていた。
一層顔が火照ってしまう。
「で、君は? 名前なんて言うの?」
この質問で、オレは一気に冷静さを取り戻した。
「内緒」
彼女の目から逃れるようにオレはそっぽを向いた。
これだけは、嫌だった。オレは自分の名前が好きじゃない。年寄りくさいし、何よりみんなに笑われるのが嫌だった。
「えー、なんで?」
顔をかしげて見つめてくる気配がする。
名前じゃなかったらなんでも教えてしまいそうな小悪魔な仕草だった。
「それでも、言いません」
「ふーん、あたしは特別に教えてあげたのに、拒むんだ?」
言いながら彼女は、両手を握ったり開いたりしている。
やばい、あのポーズは! と瞬時に思う。
散々母さんからお仕置きで食らっているアレをする動きだった。
そう思った時にはもう逃げられなかった。
「こちょこちょこちょ」
「やーめーてー!」
「こちょこちょこちょこちょこちょ」
口に出してこちょこちょ言われると、こそばいのが倍になる気がするのはオレだけだろうか。
やっと開放された時には、全体力を消費したようにぐったりしていた。
言葉にもならず、尚ぐったりなオレに彼女は微笑みながら話した。
「名前っていいものだよ、いろんな想いが込めてあるからね」
そう言うと、彼女はゆっくり椅子から立ち上がった。
髪が強めの風で煽られている。
「ごめんね、仲間が呼んでるからもう行かなきゃ」
椅子の背もたれに寄りかかったままのオレに近づくと、そっと頭を撫でた。
その瞬間、まだ昼間なのになんだか辺りがじわりと暗くなった。
やばい、貧血? と思った時には目の前が完全に暗くなる。
急だね、とか、もう行くの? とか、言う暇もなかった。
ただ、どんどん意識が遠のいていく。
最後に何かが聞こえたきがした。
次に気付いた時、目の前にあったのはオレを覗き込む母さんの心配そうな顔だった。
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