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贈られる側
「気が付いた? 大丈夫?」
母さんは冷えたタオルを額から取ってくれた。枕をクッション代わりにして壁にもたれる。
「……なんで家?」
少しボーっとしながらも、頭が段々覚醒してきた。
高志叔父さんがね、と可笑しそうに笑った。
話によると、様子を見に叔父さんが外へ出たところオレの姿がなく、休憩かと思って休憩所へと移動したそうだ。
だけどそこには、真っ青な顔で椅子にもたれていたオレがいたらしい。
それを見た叔父さんは半ばパニック状態になって、右往左往する間に電気ストーブの線に足を引っ掛け転倒し、おでこを椅子にぶつけたらしかった。
そして、オレを抱えて家に来たときには見るも無残な姿だったらしい。
「ほんと、高志叔父さんのおでこから血はたれてるし、あなたはぐったりして動かないしでてんてこ舞いだったわ」
その様子を思い出したのか、母さんはまたふふと笑いだした。
「あ、そうだ! これね叔父さんから」
そう言った母さんはエプロンのポケットから紙袋を取り出した。
白く小さめな袋には、パステルで
『Happy Birthday!』
と書かれている。
袋を開けると、箱が入っていた。
蓋を開けるとそこには、黒皮のバンドがかっこいい腕時計が収まっていた。
「うそ! 何これ、どうしたの!」
軽く興奮して母さんのほうを向くと、その後ろにあるドアから叔父らしき服が見えた。隠れて様子を見ているつもりだろう。
叔父の中々なサプライズに心の中がほっこりと温かくなった。
「ありがとう叔父さん! すっげ嬉しい!」
ばれている事にびくっと体を振るわせつつ、恥ずかしそうに部屋へ入って来ると叔父さんは大丈夫か? と聞いてきた。
おでこの大きな絆創膏が少し可笑しかった。
「そう言えば、お前今日子供たちから『サンタさんありがとー』って言われるたびに複雑な顔をしてたな」
肩の辺りを叔父さんがげん骨で軽くコツいてきた。
だって……と呟いた時、母さんがベッドの脇に腰掛けるとオレに言った。
「自分の名前がまだ嫌いなの?」
悲しそうに聞いてくる母さんに、たまらない罪悪感を覚えて口ごもった。
そんなオレを責めるでもなく、母さんはふわりと笑った。
名前の由来教えてあげようか、という母さんにオレは無言でうなずいた。
そういえば聞いたこと無かったな、とうっすら思う。
叔父さんは黙って床に座る。
そうして寝物語のように母さんがゆっくりと話し始めた。
「あなたが産まれた日ね。雪が降っていてすごく寒い夜だったの。母さんはいつも通り入院してるお姉ちゃんの世話をしてたのよ。
お姉ちゃんは、あなたも知ってると思うけれど、十四歳の時に癌が見つかってそこから入退院を繰り返していたわ。
手術をしても年齢の若さが仇となって癌の進行は止まらなかった。十五歳になったとき、来年の誕生日を迎えることは無いでしょうって宣告も受けた。
だけど、あの子はずっと笑って過ごしていたわ。あなたを授かった時もお母さんのお腹に耳を当てて優しく話しかけるのよ」
そこまで話すと母さんは、かるく深呼吸をした。
言葉が震えてきているのはオレも叔父さんも感じていたけど、ただ黙って続きを待った。
「あの日――十六年前の今日は、クリスマスだった。お姉ちゃんが元気なうちに産んであげたいっていう願いが届いたんだって嬉しかった。それまで陣痛の気配もなかったのに、急にきたのよ」
ほんと、赤ちゃんの頃から元気だったのよ、とオレを見ながら呟いた。
「日をまたぐ事無く安産だった。 産まれたてのあなたを見に、お姉ちゃんは車椅子を看護師さんに押してもらって本当に飛んできたの。あの時のあなたの産声と、ぎゅっとあなたを抱いたお姉ちゃんの泣き顔は一生忘れないわ」
叔父さんが鼻をすする気配がしたけど、オレは見ることが出来なかった。滲んでくる涙を堪えるのに必死だったから。
「そのあと、家族や親戚が皆集まってきてね。もうずっと赤ちゃんを授からなかったものだから、無事に産まれて皆大騒ぎだったわ。その時よ――」
母さんがオレの目を見つめて言った。
「お姉ちゃんが、あなたの名前を思いついたって皆に言ったの」
衝撃だった。自分の名前はおじいちゃんか親かが付けたと思っていた。時代から退行している名前だから。
「お姉ちゃんはこう言ったわ」
『この子はね、私やお母さんやお父さん、親戚の皆にこれだけの笑顔をプレゼントしてくれたんだよ。だから絶対この名前しかないと思うの!』
叔父さんが泣き笑いの顔でオレに言った。
年頃になると嫌がると思うぞって一応止めたんだけどな? 全然聞く耳もちやしねーんだ、と。
「そしてそれから一週間後にお姉ちゃんは逝ったわ。誕生日を迎えることは出来なかったけど、いい夢を見てるようなほんのりと笑顔でね、眠るようだった」
――喉が渇いたわね、と言って、母さんは台所へと向かった。気付くと結構な時間が過ぎていた。
自分の誕生を皆が祝ってくれたという話はもちろん知っていた。だけどその詳しい背景は知らなかった。
オレはただ黙って布団を見つめていた。
しばらくして、母さんがお待たせといいながら三つのお茶を持ってきた。
温かいお茶をすすり、一呼吸するとまた話し始めた。
「あの子は自分が亡くなる前に、家族に向けてメッセージを一言くれたの。お母さん、お父さんには言葉で。あなたはまだ小さかったからメッセージつきの写真で」
そう言うと、ポケットから一枚の写真を取り出した。オレに渡す前に母さんはじっとその写真を見つめて微笑んだ。
「はい。少し色あせてはいるけどまだまだ綺麗なままで良かったわ」
伸ばした手が強張って震えていることに自分で驚いた。
しかっりしろ。
大きく息を吐いて写真に視線を移した。
毛糸の帽子をかぶり柔らかそうなおくるみに包まれて眠っている赤ちゃんと、お揃いの帽子をかぶってこちらに向かって笑顔でピースをしている少女。
写真の裏には、薄い筆圧で書かれたメッセージ。
私に新年をくれてありがとう。
あなたのおかげて頑張ることができました。
だけど何より一番嬉しいプレゼントは
あなた自身です。
私がプレゼントできるものは
名前しかないけど……
Merry Christmas!
私の三太 From 優子
涙がどんどん溢れて止まらなかった。この写真で全てのパズルがストンとはまったんだ。
違う写真で姉ちゃんを見たことは何度もあった。なのに、何故今まで気付かなかったのか。
昼間頭を撫でてくれたのは姉ちゃんだった。
『じゃぁね、ありがとう! 三太!』
昼間の声が蘇る。
名前を言いたくないといった時、オレが顔を背けた時、姉ちゃんはどんな気持ちだったんだろうと思うと胸が痛くて、痛くて、また涙が溢れた。
――まさかそんな強い想いが自分の名前にこめられているなんて思わなかった。
クリスマス生まれなんてついてないとずっと思ってた。
でもそれが皆には奇跡だったんだ。
あのあと母さんに何で今まで見せてくれなかったのか聞いたら『お姉ちゃんが十六歳の誕生日に渡してって言ったのよ。あなたと一緒に誕生日を迎えた気になりたいからって』と言われた。
そうしてあれから何度もクリスマスを迎えた。
相変わらず仲間にはその時期になると『三太さん』と茶化される。
だけど今はもう名前を呼ばれる度に優しい思いに包まれている。
オレはみんなのサンタなんだ。
十六歳のクリスマス。
自分の名前が宝物になった日。
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