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「昔はもっと優しくて可愛くて、素敵な女性だったのに」
彼の言葉は、いつも私の心に突き刺さる。
彼はいつも直球で言葉をぶつけてくる。
私はそれが耐えられなかった。
「何よ! あなただって昔は、もっと人のことを思いやれる、優しくて素敵な人だったじゃない!」
どうして変わってしまったの?
その言葉を、喉のぎりぎりのところまで出しそうになって、それから呑み込んだ。
彼の名前は風見瑛介(かざみえいすけ)。
大学一年生の時に付き合いはじめ、かれこれ5年が経過している。
本来ならば、結婚という言葉を考えた方がいいのだろうが、彼が付き合った頃と比べ、冷たい反応をとるようになったと感じて、私がそれを拒み続けているのだ。
「何だよ! お前は昔の俺の方が好きだったのか!?」
「瑛介こそ、昔の私の方が良かったんでしょ! こんなにすぐに怒る私のことなんて、もういらないって思っているんでしょ!?」
「な、何を言ってーー」
「だって……もうずっと、あなたの口から私の名前を、聞いていないんだよ?」
瑛介は黙る。
そう。付き合いはじめて5年。もう1年も前から、彼は私の名前を呼んでくれない。疑いたくなかった。
けれど、もう……無理だ。
「ねえ、瑛介。本当は私以外に好きな女がいるんでしょう?」
「……は?」
瑛介が驚いた表情を見せる。
本当に、演技が上手いこと。
「だから私の名前を呼んでくれなくなった。貴方の瞳に、私はもう映されていない。そうなんでしょ?」
「そんなこと……」
「言い訳はいらない。だってもう……」
もう全てが手遅れだから。
私は懐からそれを取り出した。
彼の心臓にめがけて、それを突き刺した。
全てが耐えられなくて。全てが許せなくて。
こんなことをしてしまう自分も、そうさせてしまった彼のことも、全てが許せなかった。
彼は血を吐き出して倒れた。
何が起きたのか分からない。そう言いたげな表情を見せて。
彼は震える声で、最後の力を振り絞って言った。
「み、おな……今まで、あり……がとう」
そこで彼は琴切れた。
何がありがとうなのか、私には分からない。
それからしばらく、その場から動けなかった。彼の体が、徐々に冷たくなっていく。
私の瞳から、涙が溢れた。
自分がこの結末にしたというのに、何を泣いているんだか。
私は天を見上げた。
そこには私の素直になれない心に変わるかのように、雨が降りはじめた。
私は彼の冷たくなった体を抱き寄せて言った。
「ごめんね、大好きだよ」
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