「遺書」谷崎トルク

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【Zへ】  こんな手紙を君に書くとは、あの頃は思いもしなかった。  手紙というのはおかしいかな。僕は実際に手を動かしているが、紙にペンで書いているのではなく、画面に向かってこうやってポチポチと打っている。変な感じだ。でも、これはありがたい。僕は右手がほとんど動かなくなっている。ペンを握り締める力も、もう残っていないんだ。  同情しないでくれ。少しお迎えが来るのが早いと思うが、遅かれ早かれ、人は皆、天国へ行く事になる。天国だと……いいけどな。銀行では家族に話せないような汚い事もした。それこそ自分が嫌になるような浅ましい事もね。でも、許してくれ。金を稼ぐのは綺麗事じゃ済まない。それは君が一番よく知ってるかもしれないな。  そしてこのメッセージが君に届くかどうかも分からない。いや、届く可能性の方が低いだろう。それでも書かなければいけないと、強い衝動に駆り立てられて、僕は病院のベッドの上でよろよろとキーを打っている。  僕は今でも、初めて君に会った日の事をはっきりと覚えている。三十七年も前の話だ。君も僕もまだ十八だった。信じられないね。自分に、今の息子の年齢より年下だった頃があったなんて、本当に信じられない。でも、十八だった。お互い高校を出たばかりの十八歳の子どもだった。僕と君はあの大学で出会ったんだ。  今、思い出しても笑いが込み上げてくるよ。うちの大学には階段テラスと呼ばれる、校舎の壁が階段になっている建物があった。皆、そこへ腰を下ろして、弁当を食べたり、ギターを弾いたり、女を口説いたりしていた。階段テラスにはちょっとしたおまけのようなものがあった。ミニスカートを履いた女が上段に座ると、その中身が見える特別な場所があったよな。君も憶えているだろ?  当時、ブレイクしたハリウッド女優の影響で、女子の間ではミニスカートが流行していた。思春期をやり過ごしたばかりの男どもは、こぞっておまけの場所に集まった。その日は上段に特別いい女が座っていた。顔が小さくて、色が白くて、脚がとびきり長い、少し生意気そうな顔をした女だった。  僕は何気なくその群衆に近づいた。いつも以上の数の男たちがそこから女を見上げていた。皆、女のパンツが見たくて仕方がなかったんだ。  後から来た君はその下品な男子学生の集団を大声でどやしつけた。もちろん僕もどやされた。そして、物凄い勢いで階段を駆け上がると、片足を上段に置いた姿勢でぴたりと止まった。 「おい、パンツ見えてんぞ。馬鹿女」  美人にそう言い放つと、君はだるそうに階段を下りた。女は顔を真っ赤にして怒り狂っていた。それが五歳年上の友子だった。
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