「遺書」谷崎トルク

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 友子は学生ではなかった。大学内にある小さな本屋の店員だった。あの頃、友子を見るために本屋に立ち寄る男子学生や講師の連中も多かった。僕も同じように友子を見るために、暇を見つけては本屋へ行くようになった。その日も興味のない本で顔を隠しながら、友子を横目でチラチラと盗み見ていた。 「方法序説――デカルトに興味があるのか? それともあの女のパンツの中身に興味があるのか?」  突然、後ろから声を掛けられて、僕は驚きのあまりその場で飛び上がった。重いハードカバーの本が音を立てて落ちた。 「き、君は……」 「おまえ同じ学部のやつだよな。この前、講義室で見た。――ああ、そうだ。よろしく」  君は僕の方へ当たり前のように手を伸ばした。それが友好的な握手だと気づくまで少し時間が掛かった。  男らしく大きな、けれど美しい手だった。僕は引き寄せられるようにその手を握った。芯は硬いのにふっくらと柔らかい掌、そして、ゆっくりと上下する手。なぜかその光景がスローモーションのように見えた。 「腹減ってんだ。一緒に飯食いに行こうぜ」  僕と君は同じ経済学部で学科も一緒だった。履修している講義も重なっているものが多く、親しくなるのにそう時間は掛からなかった。何より僕はひと目で君が気に入った。あの階段を駆け上がる颯爽とした後ろ姿や、実直な物言いが脳裏から離れなかった。気がつくと君が隣の席にいた。背が高く、見た目も男前の君は学内でも目立つ存在だった。どこにいても、ひと目で君を探し出す事ができた。
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