「遺書」谷崎トルク

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 こんな事もあったな。  僕たちが大学に入学した頃は、すでに学生運動は時代遅れの遺物になっていた。風化して字が読めなくなった立て看板は、酔って歩けなくなった新入生を運ぶための担架代わりになっていた。皆、来たるべきバブル経済の波に乗り始めて浮かれていた。それでも革命を引きずった残党がいて、僕はその先輩グループとひょんな事から口論になった。 「生意気なクソガキが。女みてぇな顔しやがって」  僕はキャンパス内にあるサークルの活動棟の裏へ連れて行かれて、男たちから大量の酒を飲まされた。ライターを近づけたら火がつきそうなアルコール度数の高い、ほとんど消毒液のような液体だった。飲まされてふらふらになっても、どうしてか解放してもらえなかった。そこへ君が現れた。 「残りは俺が飲むから、こいつを放してやってくれ」  君はそう言うと僕から一升瓶を奪い取って、残っていた酒を一気に自分の喉へ流し込んだ。喉が渇いた子どもが麦茶を飲むみたいに瓶の中身を全部飲んだんだ。驚いたよ。そのまま濡れた口元を乱暴に拭うと、先輩に唾を吐き、僕を担ぎ上げて部屋まで運んでくれた。 「あいつら馬鹿じゃねえの。親の金で学生やってるくせに、何が革命だよ。そういう事は働いて税金納めてから言えってな。俺はな、官僚になりたいんだ。あいつらとは違う、本物の革命をこの国で起こしてやる」  言葉は力強かったが、君の足元も充分ふらついていた。 「おまえはどうするんだ? 将来」 「僕は……多分、さ、サラリーマンになるよ。結婚して、家を買って、車も買って……ひっく……子どもを二人くらい作って、大きい犬を飼う……うぇっ」 「なんだ、その絵に描いたような夢は」 「……駄目か?」 「駄目じゃないが、もっとでかい夢を見ろよ」 「夢もいいけど……とりあえず水が飲みたい……コーヒーでもいいよ……冷たいのがいいな、ブラックがいい……ひっく」 「おまえ、結構、我儘だな。おまけに変なとこで根性あるよな」  君は夜の歩道をふらふらと歩き、時々、吐きそうになる僕を介抱しながら、先輩を罵って、また夢を語った。 「大学生っていつまで続くんだろうな。なんか、永遠に続く気がするよな。毎日酒飲んで、飲まされて……こんなんでアル中にならないのがおかしいよな。あはは」  僕と君は当時、流行っていたテニスサークルに入った。君は本当にテニスが上手かった。君には少しの事で動揺しない心の強さと冷静な判断力があった。そして強靭な肉体があった。誰と試合をしても君が勝った。それなのに僕とのラリーでは負ける事があった。
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