「遺書」谷崎トルク

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 そんな時、ある事が起こったんだ。君は知らないと思う。もちろん友子も気づかなかっただろう。僕と友子はお互いの気持ちを知りながらも、まだそういう関係にはなっていなかった。  君のアパートを訪ねた時、ドアの前で君と友子が言い争っている声が聞こえた。内容はよく聞こえなかったがお互い本気なのが分かった。友子は君の肩を両手で叩いた。その後、二人の唇が重なったように見えた。それが事実だったかどうかは分からない。けれど、僕には口づけのように見えた。友子は君を押し退けると階段の方へ走り去った。友子のサンダルが脱げて落ちる音が響いた。  僕は凄く焦った。友子を君に取られると思った。このままじゃいけない――と息苦しいほどの焦燥感に、僕はいてもたってもいられなくなった。  あの日の夜、僕は友子と半ば強引に関係を持った。友子は嫌がらなかった。僕を好きだと、愛していると、泣きながら言った。友子が僕を好きだと言った気持ちに嘘はなかっただろう。それは今でも信じている。僕はその細い体を抱きながら彼女の愛をはっきりと感じた。僕は本当に彼女の事が大好きだったんだ。  その後から三人の関係は微妙に変化した。三人で会う回数は少しずつ減っていき、三人でいる時、僕と君はほとんど会話しなくなった。二人では会話できていたのに、だ。僕はそれを寂しいと思っていた。僕は友子と恋愛しながら、君とも友情関係を築いていたかった。あの笑顔が弾けるような心地のいい関係をずっと保っていたかったんだ。  だから、両方から誘われた時も三人で会いたいと思った。どちらかを断らなければいけないのは本当に辛かった。僕は友子を優先させた。その時の心の痛みがなんであったのか、当時の僕は知らなかった。  就職活動が始まると遊んでばかりはいられなくなった。髪を切り、慣れないスーツを着て、説明会や面接に走り回った。僕は銀行を希望し、君は国家公務員の試験に向けて猛勉強を始めた。そんな時、あの事件が起こった。
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