「遺書」谷崎トルク

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 君が事故に遭って病院に運ばれたと聞いた。慌てて病院に駆けつけると、先に友子が病室に入っていた。友子は寝ている君の傍に震えながら立っていた。君の手をつかむと嗚咽するような声を洩らした。  そして君の唇に――キスした。  多分、君は気づいてなかっただろう。友子もそれが分かっていたから君にキスした。僕はその光景を眺めながら、心臓が今にも飛び出しそうになっていた。息がまともにできず、眩暈がしてその場に座り込んでしまった。指先は冷たく震えていた。  僕と友子は、その頃にはお互いを理解しあった本物の恋人同士になっていた。君ももちろん知っていただろう。だから、友子の動揺と君へのキスは、僕に対する酷い裏切りのように思えた。  僕はその時から、妙な妄想に悩まされるようになった。友子は本当は君が好きで、君も友子が好きなんじゃないかと。  僕は友子に迫った。僕を取るのか君を取るのか決めろと激しく怒鳴った。友子は泣きながら君へのキスは誤解だと、ただ不安になって顔を近づけただけだと言った。もちろん僕はそんな言葉を信用しなかった。友子には二度と君と二人きりで会うなと言った。会う時は必ず僕を同席するようにと約束させた。  そして僕は君と会うのをやめた。  僕と友子の人生から君を――消した。
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