年明けは波乱と共に

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 胸にあった、一番単純な気持ち。  一番、厭だと思ったこと。  声は震えたが笑みを浮かべることには成功した。  しかし麓乎は金香のその表情を見て、顔を歪めた。  むしろ麓乎のほうが痛切な表情になる。どこかを痛めているような、そんな顔。 「無理をしなくていいのだよ」  数秒黙っていたが、やがて言ってくれたこと。無理をしていることなど筒抜けなのはわかっていた。  が、実際にそう言われてしまえば、麓乎の言葉通り、無理やり言った言葉や気持ちは壊れてしまいそうになる。 「きみにとっては唯一の身内だろう。お相手ができれば取られた気持ちになって当然だ」  言われて今度こそ完全に気持ちは壊れてしまう。  こみ上げた涙は今度は飲み込めない。ぽろぽろと零れ落ちた。  当たり前のように麓乎は膝を詰めてくる。金香を胸に抱き取ってくれた。  どきりとしたものの、もう慣れたのだ。それどころかこうしてくださったのが嬉しくて、そして安心して。金香は抱き寄せてくれた麓乎にしがみついていた。  普段通りの、香の香りが余計に涙を刺激して麓乎の胸に顔を押し付けて、金香は嗚咽を零す。  それは子供が父親にするようなものだったかもしれない。  父親に抱きしめられた記憶など、少なくとも物心ついてからは一度もないのだけど。  けれど麓乎はそれに値するほどには立派な大人の男性であった。金香の恋人である、男性だ。  泣く金香の背を、麓乎はただ撫でてくれた。なにも言わずに。それでもそうして貰えるだけでじゅうぶんだった。
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