麗人の小説家

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麗人の小説家

 花のようなひとだと思った。たとえるならば、春の野に揺れるたおやかな一輪。  今日の寺子屋はがやがやと賑やかだった。「偉い先生がいらっしゃるんだって」「文学者様だって」などと子供たちが会話している。  普段から子供が集まる場所であるので賑やかではある。この町の寺子屋で学びをしているのは、六つから十二までの子供たちだ。 「良い子にしていましょうね。先生のお言葉をきちんと聞かなくては」  ぱんぱん、と手を叩いて子供たちに言い聞かせた、金香(このか)。毎日のように一緒に過ごしているだけあって、子供たちは、はぁい、といい返事をする。  金香がこの寺子屋に勤めてから随分長い。寺子屋に入ってからずっと面倒を見ている子もいるくらい。  子供たちも金香の言うことは素直に聞いてくれる。  すべてではないが。  やんちゃ盛りなのだから仕方がない。子供とはそういうものだ。  おまけにやはり世の常として男のほうがどうしても立場が強いだけあって、男の子などは「女教師なんて」と反発してきたりもする。歳を重ねて、寺子屋卒業くらいの年頃になればそれも顕著になってくる。  でもそれも仕方のないこと。本当は男だとか女だとかに関係なくわけ隔てなく接するような大人になってほしいのだけど。しかしそれもなかなか難しい。  金香はじめ、子供たちを教育しているのは、寺子屋の大人たちだけではない。勿論、その子たちの家族である。  やはり両親や祖父母、きょうだいといった家の者の影響のほうがどうしても強い。その領域はどうにもできないだろう。  子供たちのすべてを思うように育てることはできない。この仕事について長いのだ。金香もそう割り切るようになっていた。
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