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そのまま先生はまた子供たちの文机の間をゆっくり回る仕事に戻ってしまう。
その背をつい目で追ってしまって、数秒してはっとして金香は自分に恥じ入る。
少し声をかけられたくらいで視線を送ってしまうなど。
時間はあまりない。気を遣ってはいられない。
金香は教科書やノート、鉛筆、ペン、そして私物以外の教材などがある棚に手を伸ばした。
そこから出したのは子供たちと同じ、なんの変哲もない半紙。一枚取り出して自分の文机に乗せる。
文字を書く準備も整い金香は少しだけ意識を教室から自分の脳内へと集中させた。
与えられた題は、『大切な人』。
どう生かそうか、と考えるところからはじまる。
金香は文を書くのが好きだった。
それはもうずっと、子供の頃から。
勤める前、自分が寺子屋に通う生徒の頃からそうだった。
自分の頭の中のことを、文字に、文章にすること。たまらなく楽しいことだ。
だから、嬉しい。
小説家の大先生が「書いてご覧」と言ってくださったことが。
まさか自分がものを書くのが好きだとご存知だったわけでもあるまいに。
先程の緊張はどこへやら、金香の意識はすっかり楽しいほうへ傾いてしまった。
『大切な人』。
金香にとっては寺子屋のひとたちがそれであった。
そのひとたちをどう魅力的に表現しようか。
自分がどれだけこのひとたちを大切に思っていることを表現しようか。
頭の中に浮かんだことをそのまま書きつけていく。すぐに金香の意識は書き物に吸い込まれた。
頭の中の文字をどれだけ早く的確に鉛筆に降ろすか。思いつくほうが書くよりも早くあるゆえに。
それは少々の焦りもあれど楽しい作業だ。
書くことに集中する金香を子供たちの文机の間から源清先生が数秒見つめていたことに気付くよしもなかった。
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