麗人の小説家

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 ときおり顔をあげて時計を見遣っていた金香は、きっちり三十分が経つ少し前に鉛筆を置いた。  書いていた時間は十五分ほどだったであろうか。書いた半紙は二枚と少しになっていた。  時間の少なかった割にはなんとか格好がついたと思う。  即興で書いたものを小説家の先生に見せるのは少々ためらわれるのだが精一杯書けたと思う。  そしてこれはいったん置いておいてまずは子供たちの書いたものを見てやる仕事に入らなくてはいけない。 「三十分だね」  金香の視線と同じタイミングで源清先生が言った。彼も彼で時間を気にしてくれていたのだろう。  終了を告げる先生の言葉にほっとしたようで子供たちは途端にがやがやと話しはじめた。周りの子らとお喋りをはじめたが、これでおしまいではない。 「はい、では順繰りに発表していきましょう」  ぱんぱん、と校長が手を叩いた。  流石校長である。  子供たちは元通り、静かになった。 「はしから音読です。そのあと先生に文字を見てもらいましょう」  普段は金香が添削をするのだが、今日その役目は源清先生だ。  ご参考にしなければ、と金香も指導の様子を見せていただく気、満々であった。  自分の添削は所詮素人仕事である。  本業の小説家の先生は、どこをどう指摘するのか。  仕事としての本題からずれてしまうとは思うのだが、今日ばかりは子供たちの書いたものよりもそちらが気になってしまった。 「わたしの、たいせつなひとは、おかあさんです……」  一番はしの男の子が立ち上がり、掴んだ半紙を視線の高さまであげて緊張した固い声で読み上げていく。  そう長い文章ではなかった。  むしろ短い。半紙の半分にも至っていないようだ。  年齢も違えば得意なことも違う子供たちが同じ教室にいるのだ。差異は相当ある。  つっかえつつもなんとか読み終え、その子は安心したようにすとんと腰をおろす。周りの子たちが、ぱちぱちと拍手を送った。  隣についていて穏やかな笑みを浮かべて聞いていた源清先生が、文机に置かれた半紙を覗いて指を指す。 「ここの『お母さんは、ちゅーりっぷのように笑います』。このたとえはとても良いね。きみの中でお母さんがどんなに魅力的に映っているかを表している」  褒められてその子は顔を輝かせた。頬を紅潮させて頷く。 「直すところはそうだね……書くときに、文字の行をあけるともっと読みやすくなるよ」  このくらいと赤鉛筆でしるしを入れてくれる。  確かに文章として見た目が良くなるほかにも音読の際に読みよくなるだろう。  そういうところまで考えて指導してくれるのか。はたで見ていながら金香は感銘を受けた。
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