麗人の小説家

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 そのあとも源清先生の指導はとても穏やかだった。 「字が整っているね」 「文章の調子がとても良いよ」 「気持ちを丁寧に描写されている」  必ず良い点を挙げてくれ、そのあとに直したほうが良い点を伝えてくれる。  ひとつの指導を入れるためには同じかそれ以上の美点を伝えたほうが子供たちも受け入れやすいだろう。  単純な話かもしれないが、実感として感じさせてくれるような添削であった。  すべて見終える頃には一時間ほどが経っていただろうか。  しかし子供たちは飽きることなく静かに聞いていた。  珍しい。常ならばこのような静けさが続くことはない。  今日のそれは先生の説明がわかりやすかったからか興味を引くものであったからか。もしくは先生の持つ穏やかな、しかし凛とした空気のためだろうか。  このひとはまるで師として人を導くために生まれてきたようなひとだ。金香にそう思わせてしまうほどに。  ただし源清先生の本業はあくまでも『小説家』である。『教師』ではない。ゆえに今日だけの出張授業。  今日だけ特別、であるのを金香は少し残念に思ってしまった。  このひとがいてくれたらもっとこの寺子屋の勉強も楽しくなるのに、などと思ってしまったがゆえに。  しかしすぐに撤回した。  いえ、それでは駄目。今日の指導を参考に、私が同じように、……は無理かもしれないけれど、出来る限り近づけられるような指導ができるようにならないと。  金香は自分に言い聞かせた。  それでもそのときにはすでに、源清先生がこの寺子屋にきてくださり、指導をしてくださるのが今日限りであることを惜しむ気持ちが生まれていた。
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