麗人の小説家

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「さて、最後に巴さんの作を聞かせてもらおうか」  すべての子供の添削が終わり、源清先生は楽しげにも見える様子でこちらを向いた。  そうなるとは思っていたけれど。  緊張していた。  まるで大トリ。  教師の真似事をしている以上その立場になって然るべきであると理解していたが圧はどうしようもない。 「拙作にて恐縮ですが、謹んで読ませていただきます」  立ち上がり、子供たちがしていたように半紙を視線の高さまで持ち上げる。 「わたくしの大切なひとたち。それはこの寺子屋に集うひとたちです」  読みながら自分が寺子屋の生徒であった頃のことを思い出した。  その頃の師が源清先生であったらどんなに良かっただろう。そうしたらもっと学びが愉しかったかもしれない。 「勿論、ときには手も焼かされます。この間などは、悪戯小僧に鶏小屋に閉じ込められて、閉口しました」  そこでくすくすと笑いが起こる。勿論、『悪戯小僧』の犯人とその周りの子らである。 「それでも師たる大人に叱られれば自分のおこないをきちんと反省し、同じことは繰り返さない、素直な子たちです」  しん、とした。  金香がふざけたあとに褒めてくれたことが伝わったのだろう。  先程の『悪戯小僧』はとりわけくすぐったそうにもじもじとしていた。  そのあとにも少しエピソードが続き、「わたくしは大切なひとたちと過ごせるこのときを、大変幸せに思います」と結んだ。  一拍おいて子供たちからぱちぱちと拍手が起こる。それは素直に「感心した」という様子であったので金香は、ほっとした。  良かった、教師見習いとしては及第点のようだ。  つい源清先生のほうに視線をやってしまい、そして。しっかりと目が合ってしまった。  ぶつかるようにぴたりとひとつになり、どきりと金香の心臓が高鳴る。 「緩急がつき、よくまとまっている。面白くもあったね。皆にもわかりよかったのではないのかな」  子供たちを見やった源清先生に子供たちは口々に「わかった!」「良かった!」などと言ってくれる。 良かった、子供たちの前で読むのだからと、敢えて難しい言い回しは避けたのだが、それは評価してもらえたようだ。普段はもう少し硬い文体で書くのだけど。
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