第一章

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鷹塔の視線の先を追うと、ちょうどこちらに気づいたらしいアキと目線が合った。 「あ、アキ、お疲れ」 一瞬こっちをみて不機嫌そうな顔をしたのは、俺が鷹塔と一緒に座っていたからかもしれない。 そのまま食堂のおばちゃんに声を掛けて、トレイに乗った食事を預かると、一瞬何処に座ろうか迷うような顔をした。 「こっち来いよ」 咄嗟に俺が声を掛けると、鷹塔の顔を見て、かすかに眉をしかめている。 よっぽど鷹塔の事を警戒しているらしい。 それに気づいたのか、鷹塔は自分の机に置かれていた食べ終わったトレイを持って立ち上がった。 「じゃあ、一之瀬、今日はありがとうな。またわかんねーことがあったら、教えてな」 そう言うと、アキの横をすり抜けて、食堂を出ていく。 すれ違う二人に妙な緊張感があったのは……なんとなく俺でも感じ取れた。 アキはふぅっとため息をつくと不機嫌そうな顔のまま、俺の向かいの、鷹塔の座っていた席の隣に座る。ビミョーだけど、鷹塔の座っていた俺の真正面の席は嫌らしい。 まあ、それはいいんだけど。 俺は自分の前にあったトレーをどけて、静かに食事をし始めたアキの顔を覗き込む。 「図書館で勉強してて、時間過ぎたのに気付いてなかったん?」 俺がそう尋ねると、アキは「せやね」とだけ答える。 妙に顔が疲れているような気がして、でも食堂じゃ、額に触れて熱を確かめることもできない。 「……大丈夫? なんかしんどそうな顔してるけど」 「……慶ほど、いつもお気楽じゃないだけや……」 あ、いつもよりちょっとピリピリ度が高い。 「…………」 とりあえず、食事が終わるまでは放っておく方がいいかな。 そう思いながら、目の前でアキが食事を食べているのを見ている。 すぅっと伸ばした背筋も、綺麗な箸使いも、いつも通りだ。 あまり食欲はなさそうだけど、結構それはよくあることだから気にしない。今日は好物の、デザートの果物もついてないしね。 「……あ。佐藤錦、好き?」 ふとさっき食事の前に松島が寮に持ってきていた、サクランボの事を思い出して、アキに尋ねる。 「うん、好き」 その瞬間だけ、ちらっと口角を上げて笑う。 「さっきさ、実家にまた結構な量が届いて、さくらんぼは足が速いからこっちで食べろって松島が佐藤錦を、持ってきたんだよ。しかも、桐箱入りのたっかそーな奴」 毎年来るけど、あの箱に入っている佐藤錦は旨いんだよなあ、ってニヤニヤしていうと、ついつられて笑みが零れたアキが、はっと慌てて顔を引き締める。 ……やっぱり可愛い。 「……いる。後で食べる」 そう言うと、夕食もそこそこにして、さっさと片付け始める。 俺は寮の食堂の冷蔵庫から、名前を書いていた箱を引っ張り出すと、アキと一緒に部屋に戻った。
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