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部屋に戻ると、『分けてもらうから、俺が洗ってくる』と、アキがサクランボを持って部屋を出ていく。
俺はなんとなく椅子に座ってアキが戻ってくるのを待っていた。
鷹塔は……やっぱりちょっとアキに、まだこだわりっていうか、わだかまりっていうか、そう言うのがあるみたいだな。
さっきの二人のすれ違った時の空気が、結構張りつめていて、ちょっと気になったけど。
「でもまあ、鷹塔が本気でイヤな奴じゃなくてよかったよ。そのうちアキとも仲良くやれるようになるだろうしね」
鷹塔って、多分誰とでもうまくやるっていうか、愛想がいいんだ。人当たりも抜群にいいし。
そんなことを思っていたら、アキが皿一杯のサクランボを洗って戻ってくる。
「おお、うまそ」
俺が一個摘まんで食べると、アキは俺の顔をじっと見ている。
上品な甘さと酸味を味わうよりも……なんでそんな可愛い顔してるかな。てことの方が気になる。じわっとドキドキする感覚が胸に湧いてくる。
「うん、旨い。アキも一個食べてみなよ」
ちょっとドキドキしつつも、俺はためらうことなく、サクランボを一対取り上げてアキの唇に運ぶ。
「はい、あーんして?」
いたずらめかして笑うと、一瞬アキは視線を落とす。仄かに頬が色づくのを見て、ドキドキはもっと高まってしまう。
でも恥ずかしいのか、口はなかなか開いてくれない。
思わず、持っていたサクランボを自分の方に戻して、対になった一方をパクリと食べてしまう。
「あっ……」
咄嗟に、無意識だろう、目の前で好物を盗られてムッとした顔をするアキを見ながら、思わず笑いがこみあげる。
「半分上げる」
そう言うと、キスをする時みたいに、唇を寄せる。俺の咥えているサクランボの対のサクランボが、アキの唇に触れる。
一瞬ためらったアキが瞳を伏せたまま、唇を開き、そのサクランボを口に入れるから。
なんだかかぁっと熱がこみあげてきて、俺はとっさにアキの手を握り締めると、そのままアキの唇を奪う。
「───っ!」
一瞬真っ赤になったまま、瞳を見開いたアキが、そのままどこか躊躇いつつも、瞳を閉じたのを見て、俺はアキの手を自分の方に引き寄せて、改めてアキを自らの腕の中に抱きしめていた。
「……美味しかった?」
ゆっくりと唇を離すと、つながったままのサクランボの茎を引っ張って外して、もう一度、唇を寄せなおそうとした瞬間。
「慶、ちょっと聞きたいんだけど」
ノックの後一瞬で寮の部屋のドアが開く。
「な、なんだよっ」
とっさに真っ赤になった顔を誤魔化そうとしたけど、入ってきた寮の隣室の奴は、俺たちの前の大層に桐箱に入ったサクランボに意識が行ったらしく。
「うわ、すげぇ。桐箱入りの佐藤錦、初めてリアルに見た」
キラーンと輝く目をするから、はぁっとため息をついて。
「これは数が少ないから、他の奴に配る余地がねぇんだよ。とりあえず、ここでいくつか食べて、後はほかの奴には黙っておいてな……」
あいつらに分けたら、こんなもん、禿鷹がたかったみたいにあっという間になくなるし、そうしたら、アキの分が減っちゃうからな。
そう思って、とっさに五房ぐらい取って、そいつの手に押し付ける。
アキはさっきまでの雰囲気をすっかりと消し去って、それでも普段の冷たい表情ではなく、機嫌よさそうにサクランボを食べている。
「うわ、なにこれ、マジ旨いんですけど」
そう言いながら、口止め料代わりのサクランボを嬉しそうに食べる隣室の奴を、すっごくいい雰囲気だったのにと俺は恨めしげに見つめていた。
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