第一章

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side A  「失礼します」 職員室の前で一礼をして、俺は持っていた出席簿を所定の位置に戻す。 新学期が始まって、とりあえず出席番号が一番だからなのか、それとも成績がトップだったからなのか。 担任の坂崎先生に言われて、俺は学級委員を引き受けることになった。まあ、面倒なことは誰もしたくないっていうのもあって、先生が推薦したらクラスメートにもあっさりと通ってしまったのだ。 ……俺も正直面倒だけど、部活をやめてしまった分、ここで内申が取れるのは悪くないかと、意外と損得勘定で冷静に引き受けたあたり、俺も結構利己的だな、て思わなくもないけれど。 まあ、今は頼りになるのは自分だけだから、っていつもより肩ひじ張って毎日を送っていたのかもしれない。 「ああ、藍谷くん。ありがとう」 コトンとボックスに出席簿を置いた瞬間、ひょいと職員室の目隠しの衝立から顔を出したのは、新任の藤城先生だ。 新任と言っても、大学で研究者だったということで、それなりにちゃんと大人の男性、という印象だけど。 「教室はもう誰もいないのかな?」 にっこりと瞳を細めて笑う様子は物静かな印象で、にぎやかな事があまり得意でない俺には、好感とまではいかなくても、なんだか安心できる感じがする。 「はい、教室にはもう誰もいてません」 そう答えると、くすっと藤城先生は笑みを浮かべた。 「藍谷くんは京都出身だっけ? 私は大学は京都だったんだよ。懐かしいなあ、そのイントネーション」 ふっと瞳を細めて笑うから、俺はとっさにそのまま職員室を離れるタイミングを失う。 「君は、東京で国公立大学志望だって聞いたけど……」 俺の瞳をじっと見てそう尋ねるから、それに対して頷くと、 「ちょうど私とは逆だね。藍谷くんは高校時代から実家と離れてて大変だけど、何か私で役に立てることがあることは何でも相談して欲しいな。担任の坂崎先生に言いにくいこともあるかもしれないし、少しは年齢の近い私の方が話しやすいこともあるかもしれないしね」 実際は、坂崎先生は親ぐらい離れているし、藤城先生だって、結構年齢が離れているけど、って思わなくもなかったけれど、とりあえず無難に、ありがとうございました、と頭を下げて俺は職員室を退出した。 それから俺は土方に言われた通りの例の店に向かう。 (ほんの少しだけ、緊張してるかもしれへん……) あまり人と交わるのは得意じゃないのに、客商売のアルバイトなんて選ぶから、ときっと慶なら呆れた顔をするかもしれない。 だけど、まだ慶にも言っていない。 正直どういっていいのか言いあぐねているのだ。 バイトを始めた、と言えば、絶対『なんで始めたの?』と聞かれそうだし、 聞かれたら、あの人の事も含め説明しないといけなくなる。だから必要以上に人に頼りたくない俺には、これしか選択肢はない。 (まあ、とりあえず……) この前の雰囲気からいって、あまりうるさい店ではなさそうなのは、救いかななんて思っている。多分この間慶と行ったファーストフード店とかは、さすがにちょっと厳しい気がするし。 カランと音を立てて、店に入ると、あまり人は入ってなかった。 少しほっとしながら、カウンターに向かうと、そこには既にカフェの制服に着替えた土方と、土方のお兄さんがいた。 「よう、来たか」 土方の言葉を引き取るみたいにして、土方のお兄さんが俺を手招きする。 「じゃあ、藍谷くん、こっちに来てもらっていいかな?」 そう言うと、土方のお兄さんがバックヤードに入っていく。 俺は土方が開けてくれたカウンターの入り口を通り抜けて、バックヤードに入っていった。
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