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「いらっしゃいませ」
カランという軽やかなドアベルの音にとっさに声を掛ける。
少し声から緊張が取れてきたのを見て取ってか、土方は俺を見てかすかに笑みを浮かべた。俺は言われた通り、トレーに水を二つ用意して、お客さんを席に案内する。
「注文がお決まりになりましたら、声をおかけください」
そう言って一礼すると、なぜか二人の女性客はくすくすと笑う。
なんかおかしなことしたやろか? と気になりつつも、客席から離れながら耳をそばだたせると、
「ここでしょ、カウンターにかっこいい子がいるってカフェ。さっきの子?」
「違うよ、ほら今カウンターに立っている子。でもさっき案内してくれた子もかわいい子だったねえ~」
普段学校で聞きなれない女性の声に、思わず顔が赤くなってしまいそうだ。
俺がカウンターに戻ったタイミングで、その女性たちが手を上げて合図を送る。
「……土方目当ての客らしいから、行ってくれへん?」
俺がそうぽつりと言うと、一瞬かすかに眉間に皺を寄せて、
「ああ、わかった」
土方はそのままカウンターを出て、注文を取りに行く。
「はい、ご注文お願いします」
あまり愛想も良くなく答えているけど、それでも女性たちは華やかに笑う。
土方がお客さんに何か言われてちらっとこちらを見るから、俺は何だろうって思いながら、土方たちの様子を見ている。
「では、レモンスカッシュと、ロイヤルミルクティですね」
一応無難に注文を取ると、土方は不愛想にならない程度の笑みを浮かべて、こちらに戻ってきた。
「誰が俺目当てだって?」
ぽつりと言いながら土方は紅茶の準備を始める。
「え、そう言ってはったけど」
咄嗟にそう答えると、
「さっきの人は新人さんですかって、お前の事を聞かれたぞ?」
土方はそう言うとにやっと笑う。
「とりあえず、アニキの作戦は当たってたってことだな……」
えっ? と視線を上げると、土方がにやにやと笑みを浮かべる。
「なんか親切そうに言ってたかもしれねーけど、あれはあれで、なかなかやり手だぞ。藍谷がバイトしたいって聞いて、シメシメって顔してたからな」
意味が分からなくて、俺が顰め面をすると、
「まあ、兄貴はお前を雇いたいって思ってて、お前が働きたいって思ったんだから、縁があったんじゃね? 俺も部活があるから、平日の夕方は入れねぇ事多いしな。ちょうど誰かティタイムに入れる奴いねぇかって探してたところだから。まあ、出来たら集客能力ありそうなやつがいいって、そう思ってたんだろうしな……」
「?」
土方が結構しゃべったことにもびっくりしたし、しかも言っている中身がよくわからなくて、きょとんとした俺の顔を見て、土方がまた笑った。
「意外とお前、面白い奴なのかもしれねぇな」
しゃべりながらも、先ほど頼まれたメニューの準備をして、そのまま土方はオーダーされた品物をお客さんに出しに行く。
それと同時に、またドアベルの音がする。
「いらっしゃいませ……」
声を掛けた俺の事を見て、その男はなんだか少し済まなさそうな顔をしている。その客はそのままカウンターにまっすぐ来ると、土方がその背中に声を掛けた。
「あ、そいつもバイトだから」
そう言われてその男の事を思い出した。この間ここに来た時に後から来た、アルバイトの奴だ。男はちらっと俺の顔を見上げて、小柄な背を丸めるようにして、俺に向かって頭を下げる。
「山崎です」
「あ、藍谷です……」
慌てて頭を下げると、その男はかすかに瞳を細めて笑う。
「よろしくお願いします」
それだけ言うと、カウンターに入り、そのままキッチンに消えた。
多分ロッカールームで着替えて出てくるんだろう。土方はカウンターに入ると、今通り過ぎた男の方を指さす。
「アイツ、俺らと同じ年だから。まあ、高校は通信とかに行っているらしいから、時間帯は自由で、昼に入っていることもあれば、夜に入っていることもあるけどな」
「へぇ、通信なんて学校のシステムがあるんやな……」
ちょっとびっくりした声を上げる俺を見て、
「まあ、人それぞれ色々事情とかもあるんじゃね? ……俺はよくは知らないけどな……」
そう言って土方は肩を竦めた。
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