第一章

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その日から、なんとなく慶に事情が話しずらくて。 学校からも許可が下り、バイトのシフトにも入るようになっても、慶は俺が図書館に行って勉強をしていると思っていて、バイトの件も休部の件も、何も気づいていないみたいだった。 大概そう言うモノだと思うけど、タイミングを逃すと、本気で言うべき機会を失ってしまう。 そして言えない時間が一日一日と長くなるたびに、さらに罪悪感がつのっていって、その事実が、余計口を重くさせる。 けれどやっぱり何かを黙っているっていうのは、あんまりよくないってわかっているから、よけいにぎこちない態度を取ってしまう俺に、慶もなんだか違和感を覚えているみたいだった。 普段通りに振る舞っているつもりだけど、なんだか、お互い相手を意識しながらも、薄紙一枚を隔てているみたいに、お互いの気持ちがつかめないままの日々を送っていた。 なんだか気づけば、部活の関係を通して、慶は結構、鷹塔と仲良くしているっぽくて、自分との間がギクシャクしてるから、余計、慶と鷹塔との関係にいらだちを感じてしまう自分がいる。 もちろん彼らは単なる友達で、俺に対しては違う想いがあるのだというのは、 馬鹿素直な慶を見ていたらわかるんだけど……。 理性でわかっていても、気持ちがたまに苦しくなる。 そもそも、普通の男同士の友情の方が、慶には迷惑を掛けないのかもしれへんし……。 そんな根本的な事まで考え始めてしまっていた。 そして、俺の逡巡をよそに、4月はあっという間に去って、気づくとゴールデンウィークも終えて、中間試験のシーズンに突入していた。 正直、今年のゴールデンウィークは、慶ともバイトがあるからあんまり出かけられなくて、それにも慶は少し拗ねたような態度を取っていた。 「まあ、アキは勉強が一番だもんな~」 そう唇を尖らせて言う顔は、少し子供っぽいけど、なんだか胸がぎゅっと締め付けられる。 結局、いろんな経緯はあったけど、俺はやっぱり慶の事が好きなんだなって。 しかも、相当ややこしい形での執着の仕方をしてる。 って、今更ながら認識させられた。 まあ、あの男と血がつながっているから、普通の人間より、もっともっと執着心が強いのかもしれない。 一度そういう想いを誰かに対して抱くと。 ……気が狂うほど、追い求めて、相手を壊すまで追いつめてしまうのかもしれない。 「はぁ……」 ため息の理由は慶の事だけじゃない。 俺は今日の時間割を鞄に詰めると無意識で嘆息をこぼす。 「アキ、どうしたの?」 屈託ない声で俺に尋ねるのは慶だ。でも俺のピリピリしている空気を感じているらしく、普段の彼なら、肩とか、腕とか、俺の体のどこかに触れて話しかけてくることが多いのに、このところは、そういうことはほとんどしてこない。 気を使ってもらっているという罪悪感が、『そんな気づかんでもええところ気づかんと、なんでそないになっているのか、気づいてほしいわ』なんていう身勝手な感情を引きずりだす。 「…………」 何か口を開いたら、嫌な事を言ってしまいそうだ……。 慌てて俺は慶から視線をそらして、教科書を詰めた鞄を持ち上げる。 「朝食食べていくんやろ、一緒に出る?」 俺の言葉に慶がほっとしたような顔をして、そのせいで俺は余計によくわからない感情に支配される。 食欲のないまま食事を取り、鞄を持って寮を出る。 気が重い原因。 それは言えないバイトの事もあるけれど、今日、気が重い最大の理由は……。 校門を通り抜けて、靴箱で上履きに履き替える。 靴箱を抜けた先には、ガラス張りの吹き抜けのロビーと廊下がある。 そのガラス面の一番目立つところに、白い模造紙が貼られている。 その紙の前に、男子生徒たちが黒山の人だかりとなっている。 俺たちがその前に進んでいくと、ざわっとなんか変な空気が流れた。
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