第一章

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「鷹塔スゲェなあ。藍谷、引きずりおろされたんだな」 俺が後ろに立っているのに気づいていないんだろう。クラスメートが呟いた言葉を確認すると、俺は次の瞬間教室に向かって移動し始める。 ……負けた。多分生まれて初めて。 俺の点数は、鷹塔に数点の差でトップを逃していた。 総合得点と一緒に、貼りだされていた各科目の点数を見れば、俺が負けた原因は明らかだ。 「…………」 慶が何も言わずに俺の後をついてくる。どう声を掛けていいのかすらよくわからないと言った表情をしてて、気遣ってくれているのも分かるけど、空気が重たくて、背中をじっと見つめる視線が息苦しい。 教室に入る前に話をつけてしまおうと、廊下の片隅で、足を止めて振り向く。 「……慶、順位上がってはったな」 ぽつりとそういうと、慶が困ったような顔をする。 「…………アキ、化学、苦手?」 しばらく躊躇して、それから慶にぽつりと聞かれた言葉に一瞬言葉に詰まる。 「……苦手や」 慶が思わずそう尋ねたのは当然だと思う。 だって、総合得点は数点差で鷹塔に負けていたけれど、英国数社……どの科目も、鷹塔より数点は上だったからだ。 なのに総合得点でなんでアイツに負けたのかというと、 「化学……さえなければ、アキがトップだったね」 その言葉にとっさに眉を顰める。 化学は元々俺の苦手科目だ。いつもは無理やりに全部暗記して、誤魔化して点数を取るのだけど、今回はぎりぎりまでアルバイトのシフトが入っていて、毎回苦手な化学を何とかして誤魔化している、理屈も何もすっ飛ばしての、無理やりの暗記ができなかったからだ。 ……バイトが理由だなんて、もちろん慶にはそんなこと、いきなり言えないけれど。 しかも、慶に気を使っている余地もないけれど。 はぁっとため息をつく。 何より教室に入りたくない最大の理由は……。 今回の事は、間違いなく進学クラス故、今回の主席が誰になったのか。結果について教室内では話題になっているだろう。 負けたこの瞬間、正直教室に行きたくはない、けれど。 やっぱり行かないわけにもいかない……。 もう一度ため息をついて、顔を上に上げる。なんでもないようなポーカーフェイスを作って、教室に一歩入ろうとした瞬間。 「朔弥ぁ、スゲェなあ。去年、藍谷って一度もトップから陥落してなかったのに、お前が来たとたん、二位だってよ?」 そんな声が聞こえる。 瞬間、先に教室にはいろうとしていた慶が、俺の肩をぎゅっとつかむ。 俺の肩を押し戻すようにして、慶が俺より先に教室に入っていく。 「おはよ~~~~」 陽気ないつも通りの慶の声に、はっと周りは振り返った。 敗者に好奇心たっぷりの視線が注がれるのを、慶がその体で遮ってくれている、ような気がする。 「おお、慶。クラス最下位じゃなかったなあ~」 声を掛けてきて、慶の頭をぐしゃぐしゃと掻きまわすのは、江藤の奴だ。 「おうよ、実力実力」 にやにやと笑って慶が答える。 ちらりと俺の顔を見て、クラスメイト達は、各々席に着きはじめる。 一瞬強い視線を感じて視線を上げると、鷹塔が何とも言えない不思議な表情で、俺の事を見つめていた……。
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