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なんとか悪夢のような半日を終えて、俺はいつも通りバイト先のカフェに向かう。
今日、土方は部活で、山崎さんがシフトに入っているはずだ。
通い慣れた道を歩いて店に入ると、いつも通り服を着替えて店に入る。
学校から離れて少し気持ちが楽になる。
どうやら、一日鷹塔の背中を見続けた一日は、相当俺の気持ちを削ってたみたいで、慣れたバイト先に入った瞬間、最初の頃は緊張の連続だったバイト先も
今日は俺の気持ちの緊迫を解いてくれる場所になっていた。
「いらっしゃいませ……」
ドアベルの音がして、顔を上げる。
その瞬間までは、だったけど。
「…………」
「…………」
「あれ、藍谷、ここでバイトしてたんだ」
黙りこくった俺に何故だかリラックスした顔で、不思議そうに話しかけてきたのは、今日俺から主席を奪った鷹塔で。
その鷹塔の傍にいたのは……。
「……アキ、何してんだよ……」
一瞬で状況を理解したのだろう、慶が何とも表現しがたい表情で、俺の方をじっと見つめている。
「何って……アルバイトやんか……」
「今日、弓道部、部活だろ?」
視線をそらして答える俺に対して、慶は珍しく詰め寄るように俺に尋ね返す。
「……部活、今休部してるんや……」
ぽつりと漏れた言葉に慶が、激しく眉をしかめた。
「……なんで部活休部してまで、アルバイトしてるんだよっ。ってか、いつからバイトなんて始めたんだよ!」
かっとなったのか、ワントーン声が上がる。
咄嗟に店内を見渡すけれど、さっき、ちょうど帰った客のせいで、店内は俺達バイトと、慶と、鷹塔だけだ。
山崎さんが、気遣うように俺を見つめている。
慶の声に反応したのだろう、ひょいっと顔を出したのは、ヨシユキさんだ。
それに、なんで鷹塔と一緒なんだよっ!
瞬間に、酷く自分がみっともないことをしている気分になった。
「……慶には関係あらへんやろ。人には色々事情があるんや。それに、慶みたいな極楽トンボには俺の事はわからへんっ」
感情にまかせて叫ぶと、大きく息を吐き出す。
「……ほんま、偉そうにあれこれ言わんといて欲しいわ!」
咄嗟に語気強く慶に言い返してしまったのは、慶がよりによって、俺を一番嫌な気分にさせている奴を伴って、このタイミングで店に来たことへの八つ当たりだ。
はっと逆恨みに近いような言葉を口にしてから、そのことに気づいて慌てて口を閉じる。
けれど……。
「…………」
一瞬慶がひどく悲しそうな傷ついた顔をして、俺の顔をチラリと見つめる。
それから慶にしては本当に静かに、踵を返して、ゆっくりと入り口に向かって歩き始めて……。
次の瞬間、徐々に足取りを速めて、一刻も早くここから立ち去りたい、という様子で、あっという間にカフェの外に出ていく。
「け……」
呼びかけようと思った言葉は、次の瞬間に慶に呼びかけた鷹塔の言葉でかき消されてしまう。
「慶、どうしたんだよ?」
そう言いながら鷹塔は慶の後を追う。
思わず俺は慶の後を追いそうになるけれど、カウンターが俺の足をとどめた。
「……藍谷くん、喧嘩したんだったら追いかけた方が……」
焦ったような声でヨシユキさんが俺に声を掛ける。
けれど、それに対して、俺は力なく首を横に振った。
「いえ、大丈夫です。慶とは同室やから、後でちゃんと謝っておきます」
そう答えると、ヨシユキさんが小さくため息をつく。
「そうか。じゃあ今日は、キッチンで下ごしらえの準備、手伝ってほしいんだよね。ちょっとこっちに来てくれる?」
そう言ってくれるのは、ヨシユキさんの優しさだ。
俺は一瞬、カウンターから明るい外を見つめる。
もう当然のことながら、そこには慶の姿は見えなくて。
俺は立ち去るときの慶の顔を思い浮かべて、乱れそうになる呼吸を慌てて浅い呼吸で誤魔化す。
ぎゅっと心臓が爪を立てられたような痛みを覚えながら、それでもその時はまだ慶の事だから、ちゃんと帰って謝ったら大丈夫って。
そう自分に言い聞かせながら、ヨシユキさんの後を追って、キッチンへ向かって行ったのだった。
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