第二章

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side A きっと客は任せられないと思ったのだろう。 ヨシユキさんは、その日は俺に延々とキッチンで作業をさせた。 レモンを大量に切った。 氷砂糖と一緒に、スライスしたレモンを交互に重ねて、レモンの砂糖漬けを作らされて。 それから、凍っている生姜をおろし金で下して、それを蜂蜜と煮てジンジャージャムを作らされる。 コーヒー豆の寄り分けも手伝わされたし、ピクルスも漬け込んだ。 ずっと作業をしていると、頭は少し空っぽになるのに、何度も何度も、慶の立ち去り際の表情だけが頭に浮かんだ。 あんな顔をした慶を見たことがなかった。 俺の見たことのない慶の姿に、思った以上に俺は不安な気持ちを感じていた。 やっぱり言いにくかったからって、言わなかったのは、俺が圧倒的に悪い。 もしも……。 逆の立場で、俺が慶から何かを隠されていたら。 きっと俺なら、二度と慶の事を信用できなくなるかもしれない。 まあ、慶の事だから、そこまで深刻なことにはならないだろうって、どこかで冷静に判断していたつもりだったけど、でも、それは冷静なつもりの希望的観測だったのかもしれない。 いつもよりずっと長く感じるアルバイト時間を終えて、俺は慌てて、寮に戻る。 少しだけ早く出られたから、夕食前に、慶とちゃんと話し合いができる。 そうしたら、ちゃんと謝ろう。 慶に心配かけたくなくて、傷つけたくなくて、言ってなかったあの人の現状も言わないと。 もし俺が慶の立場なら、あの人の現状も含めて、ちゃんと誤魔化さず話して欲しいって、そう思うから……。 どこかでずっと甘えていたんだと思う。 自分は感情表現が不器用で、すぐ不機嫌になる。 そしてその感情のままに八つ当たりみたいに嫌なことをしても、慶はいつもにこにこ笑っているから、 だけど、慶だって嫌なことをされたら傷つくし。 ……もしかしたら、俺を嫌いになるかもしれない。 そのことに思いついた瞬間、ぞっと背筋が寒くなるような気がしていた。 慶は、不器用な俺の代わりに、自分から近づいてきてくれてた。なのに、俺はいつも遠ざける様なまねばかりして。 許されると言う事実にいつも甘えていたんだ。でも、それだって人として許せる限界がある。 だけど、その扉を開けるまでは、それでもまだ限界までは、もう少し余裕があるって、そんな風に思っていたんだ。
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