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「土方さん。先輩って道場にいるんじゃないんですか?」
そう言って飛び込んできたのは、爽やかな風みたいにこの店に飛び込んできた、やっぱり俺と同世代の男だ。
「うるせぇ、ちょっと空気読めっての」
土方がとっさにそう言い返すと、
「……何かありました?」
俺たちの顔をのぞき込んで、その男はにっこりと笑う。
「あ、さっき学校にいた人だ」
俺たちに声を掛けてきた男を指さして、その男は声を上げる。
「確か職員室の先生に聞いたんだ。えっと、二年に編入してきたって。編入学の人の中では歴代でトップの成績を取った……とか……今の二年の学年主席の人とどっちが上になるか楽しみだとか先生が言ってた」
柔らかくて歌うように話すその男の言葉に、目の前の男はむっとした顔をした。
「……いい。また新学期になったらわかるだろ?」
そう言うと、その生意気そうな男は席を立ち、レジの方に向かう。その男が持っている袋は、うちの学校の制服と取り扱う洋服店の名前の入った紙袋だ。
俺たちがその男を見送っている間に、飛び込んできた男は、にっこり笑って俺たちの隣のカウンターに座る。
「てか、用事がないならさっさと帰れよ」
土方が相当邪険に扱っているのを無視して、隣にいた土方の兄貴に話しかける。
「ヨシユキさん、俺にも何かおごってよ」
「いきなりおごれって……聡真くん相変わらずだね」
苦笑いをしながら、あきらめたようにオレンジジュースを土方のお兄さんが入れて彼の前に出す。
「悪いね、この子はこいつの幼馴染っていうか、弟分みたいな奴でね」
こっそりと俺たちの耳元で土方さんのお兄さんが、『君たちの分も今日のところはおごっておいてあげるから大目に見てやってね』と言って笑う。
とっさに俺とアキが、大丈夫です、と答えると、
「トシ、いい子達だね~。まあ、お前の周りはいい奴ばっかりだけどな」
そういって、髪の毛をぐしゃりと撫でようとする兄から、彼はとっさに身を翻す。
「とりあえず、その男は、うちの一年生に上がってくるから」
愛想もなくそう一言土方が言うと、ぐしゃりと髪をかきあげる。アキはいろいろあったこともさほど気にしていないのか、改めて店内を顔を上げてキョロキョロと見回していた。
「……結構人入っているんやね」
喫茶店の時間だからだろうか、常連っぽい一人の客から、小奇麗な店内のインテリアに似つかわしく、若い女性のグループや、デート中らしい男女もいる。
……まあ、俺も気分だけはデートのつもりだったんだけど。
なんか不穏な空気を感じつつ、ふと新学期が不安になってくる。
アキとは別のクラスになるかもしれない。
多分アキを敵視している変な編入生がやってくる。
よくわからないけど、人懐っこい土方の知り合いの男が一年生に入ってくる。
「……ふぅん。土方、近いうちにちょっと相談したいことがあるんやけど」
「……? ああ、わかった」
アキの言葉に即座に答えて、俺たちのカウンターをのぞき込み、無くなっていたグラスの水を注ぐ土方を見ながら、
……密かに、珍しくアキがほかの人間と親しく話していることに、何より俺自身がアキを取られそうな、そんな馬鹿みたいな不安を感じていたのだった……。
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