第一章

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「藍谷 彩(あきら)です。字はいろどりと書いてアキラ、と読みます。去年はA組でした。出身は京都で寮から通っています。弓道部に在籍してます。よろしゅう頼みます」 するとクラスメイトが、学年主席のアキに興味を持ったのか、手を上げて質問をする。 「はーい。藍谷、志望校は?」 その突っ込みに、アキは一瞬なんて答えようかと迷ったようだ。 「……一応、国公立やな……」 そう小さな声で返すとアキはすとんと座って、さっさと出席番号次の、俺に立てとばかりに視線を飛ばす。 まあ、自己紹介とか好きそうじゃないもんな。頑張った方だよ。と思いつつ俺は椅子から立ち上がり、挨拶をする。 「出席番号2番の一之瀬慶一郎です。去年はA組。剣道部。諸事情があって、東京出身だけど入寮してる。あ。俺、小学校からずっとこの学校だし、自己紹介、これでいいよな?」 俺の言葉に、何人かがもういらん、と突っ込みを入れる。それに俺は笑って手を振って、席に着く。 次の江藤やいろんな奴が順番に自己紹介をしていく中、次は鷹塔の順番がやってくる。個人的にちょっと気になる奴だから、俺は少し真面目に奴の方を見て、自己紹介を聞く体制になる。 「今年このクラスに編入してきた、鷹塔朔弥です。元々横浜にいたけど、親が仕事の都合で九州に転勤になったんで、俺だけ寮のあるこっちの学校を受けなおしました」 無難に挨拶すると、にっこりと愛想良く笑う。編入生なんて、この学校ではかなり珍しいから、他の奴らも注目しているらしい。 「おう、鷹塔、部活やんの?」 「志望校はどこだよ?」 「彼女はいるのか?」 などなど矢継ぎ早に質問が飛ぶ。 奴は俺たちに向けるのとは真逆な、愛想のよい人好きする笑みを浮かべて、 「部活? 剣道かな~。ここの学校の剣道部ってどうなん?」 思わずその答えに、げっと思ってしまうけど、 「ああ、俺があとで案内してやる」 剣道バカの土方が即座に、それこそ今すぐ部室に連れて行きそうな勢いで答えてる。 「じゃあ、えっと、土方だっけ? わりぃ、後で案内してくれよ。っと後、志望校は、親曰く『出来たら東大文Ⅰに行け』って言われてるけど、俺は海外の大学行きてーな」 さらっと日本最難関の大学文系学部の名前を言う彼に、クラスからびっくりしたような声が上がった。 でも奴はそんなことに気にもしないで、そのあともう一つの関心ごとについて答える。 「あと彼女だっけ? こっち来るんで、向こうで別れた」 もったいねーーーーって叫ぶ男子たちを横目に見ながら、彼はケラケラと笑う。陽気で明るい口調に、人をそらさない笑顔。 皆の好感度も高そうで、俺たちに対してしてた態度とあんまり違いすぎて、思わず俺は目を瞬かせる。 「じゃ、他、質問なければ以上で」 彼女とは、どこまでしたんだ? とか男子校にありがちな下卑た質問が飛んできたのを、鷹塔はさらりと無視して、ガタンと音を立てて椅子に座る。 「まあ、お前たちはお互いある程度知ってるんだろうが、鷹塔は知ってのとおり、2年からの編入生だ。まだまだ当校についてわからないことも多いだろう。ぜひ、何かがあったらフォローしてやってくれ」 鷹塔の受け答えに、ざわざわし始めていたクラスを、坂崎が静かにさせる。 坂崎先生の言葉に対して、一斉にみんながうなづいた瞬間、俺は耳元がチリチリするようなに違和感を覚えて、あたりを見渡す。 けれど、何も該当するものが見つからなくて、俺ははぁっとかすかなため息を漏らし、次の奴の自己紹介に耳を傾けた。
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