タバコ

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 いつもより早歩きでいつもの川辺へと向かう。割と遠くから自転車の影が見えて、俺の歩速はさらに上がった。  彼女のシルエットが見えた。その右手にはスマホが握られていて、誰かと通話していた。 俺の姿に気がついた彼女は小さく会釈し、楽しげな声で通話に戻った。  俺は少し迷ってから彼女に少し距離を空けて座り込み、タバコに火をつけた。  10分ほどだろうか。俺が2本目をちょうど吸い終わった頃彼女は通話を終えた。  「彼氏ですか?」 なんとなく答えは分かっていたが、聞いた。  「そうですよ。結さんは彼氏いるんですか?」 俺は小さく笑って首を横に振った。  「しばらくいないですよ。出会いもないですしね」 彼女は少し意外そうに「そうなんですね」と言った。  そこから俺たちは色んな話をした。なぜ医療職についたのか、あの患者はめんどくさい、あの医者は優しいなど。  ふと元カノに貰ったブランド物の時計に目をやった時は30分ほど経っていた。  足元には何本かの吸い殻が転がっていた。今日はほとんど風もない。  「じゃ、私行きますね。話付き合ってくれてありがとうございます」 ペコリと彼女は頭を下げる。  「俺ももう帰ります」 そう言って俺は腰を上げた。本当はもう少しここにいたがったが、それよりも彼女と一緒にいたかった。  
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