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定時の17時半に病棟を出た時、電子カルテと睨めっこしている例の看護師が目に入った。たしかに彼女は浜辺星。"星"と書いて「あかり」と読む珍しい名前だった。
普段なら何も言わずに帰るがなんとなく彼女の横に行った。「お疲れ様です」と声をかけると、さっきまでの悲しげな雰囲気が嘘のような明るい笑顔で「あ、お疲れ様です!」と返してくれた。
俺は軽く頭を下げ、病棟を出た。空は薄暗い。その足で昨日と同じ川辺に向かいタバコに火をつけた。
煙を吐きながら空を見上げる。昨晩よりも空気が澄んでいた。水面と空を交互に見ていると、星が瞬くのが見えた。
「空、綺麗ですね」
俺は心底驚いた。つい反射的に身構えてしまう。誰の声だか考えるのも忘れて勢いよく振り返った。
「あ、」
そこには自転車に跨る浜辺星の姿があった。
「お疲れ様です。何してるんですか?」
「タバコ吸ってました」
「え、結さん吸うんですね。私もなんですよ」
彼女は自転車を止め、俺の隣に腰掛けた。白いコートのポケットからWinstonのタバコを取り出し、火をつける。
「それ、俺と同じです」
俺は自分のタバコを取り出し、彼女に見せた。
「え、ほんとですか? 偶然ですね」
たったそれだけのことなのに、彼女は満面の笑みを浮かべた。月明かりに映る白い八重歯が可愛らしかった。
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