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兄との再会1
停止した電車から類(るい)は元気よくホームへ降りたった。
長旅に「やっと着いたぁ」と大きく伸びをすると不意に誰かと肩と肩がぶつかり、思わず体勢を崩した。
「す、すみません」
類が慌てて頭を下げるとちらっとこちらを見たが何も無かったかのように雑踏の中に消えて行く。
「なんだよ、俺謝ったのに」
類はそう呟くと唇を尖らせた。
ふと周りを見渡すと誰も他人には無関心とでもいうようにせかせかと行き交っている。
類の住んでいた田舎では知らない者はまず居なく目が合えば挨拶を交わすのが当たり前だった。
【都会ってこういうものなのかなぁ】
類はなんだか出てきたばかりの田舎を思い出し早くも寂しい気持ちになった。
近所のおばあちゃんやおじさんの顔が目に浮かぶ。
空気の匂いまでも違う気がした。
ふと頭上の電光掲示板に設置されている時計を見ると秒針が18時を指していた。
「やば…。学(がく)にぃ待たせてるよ」
類は足元に置いていた大きめのボストンバッグを肩に掛けると駆け出した。
学にぃと言うのは数年前に実家の八百屋を継ぐのを拒み父親に勘当されて家を飛び出してしまった類の1番上の兄だ。
類は大学に受かった事を機にその兄を頼って遥々田舎から上京した。
「ごめんなさい。すみませんっ」
人と人の間を縫うように出口に向かうとキョロキョロと昔の兄の面影を探した。
「こんなに人が居ちゃわかるもんもわかんないって」
そう愚痴を言った時に何処からか「類」と言う聞き覚えのある声がして、声のする方に踵を翻した。
声の主はそんな類に片手を挙げた。
「うそ……」
思わず類は驚いてボストンバッグを足元に落とした。
数年前に見た真面目で堅物だった兄は随分と変貌を遂げ、下ろしていた黒髪を後ろに撫で付け高級スーツを身に纏い男らしく尚且つ独特な男の貫禄を漂わせてこちらに歩いてくる。
「ほ、ほんとに学にぃ?」
「久しぶりだな、類。よく来たな」
驚いて時の止まった弟の前で微笑む兄は足元のボストンバッグを手に取ると「行こう」と言った。
類は縺れる足で学の後に着いていくとそこには黒塗りの高級車。
「乗れよ」
学のエスコートで類は戸惑いながらも助手席に乗り込んだ。
学はボストンバッグを後部座席に乗せるとその足で運転席に回りエンジンを掛けウインカーを出して車を発進させる。
家の軽トラックとは違い、エンジン音もあまりしない静まりかえった車内に息が詰まった類はふと助手席のドアの窓に目をやると流れる風景の中に学が映りこんでいた。
まじまじと窓越しに兄を見ると学がフッと笑った。
「しかしでかくなったなぁ。前はほんの子供だったのに……」
「あのねぇ俺ももう大学生なんだよ?"声変わり"だってしたし身長だって162……164cmにはなったんだから」
学は類の昔と変わらない反応に「それは失敬」と優しく微笑んだ。
類は「そもそもおかしい」と頬を膨らませた。
学は推定182cmくらい、2番目の兄和(かず)は173cmなのにも関わらず自分は164cmである。
間違いなく兄達が養分を奪ったから自分はこんなに小さいんだとブツブツと言いながら唇を尖らせる。
その可愛い類の頬を「怒るなよ」とでもいうように学の人差し指がツンと突っついた。
「母さん達は元気か?」
「元気だよ。父さんも相変わらずの頑固者。俺がこっちの大学に内緒で受かったのバレた時ももう大変。説得するのに苦労したよ。そうだ、結局和にぃが八百屋を継いだんだぁ」
「……そうか」
和にぃと言うのはどうしようもないヤンチャで高校生の頃は父親とよく衝突していたが今は少し落ち着き1番馬の合わないはずの父親と喧嘩しながらも実家の八百屋を手伝っている次男坊の事だ。
「和には悪い事をした……」
そう言う学の言葉に類は学の飛び出した日の事をふと思い出した。
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