二回

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「興味、ないんですね」  突然、佐土原さんがぽつりとつぶやいた。話が読めずに、ポカンと口を開けた。 「野球のこと。クローザーの意味も、わかっていなかったから」  クローザーの意味がわかっていなかったことが、佐土原さんにはバレていた。 「すみません、私。野球の『や』の字も知らなくて」 「いや、いいんですよ! ただ、日向社長は野球が大好きな方ですから。嫌でも付き合わされると思いますよ。もし、わからないことがあればなんでも聞いてくださいね」  佐土原さんは、野球に興味のない私を気遣うような言葉をかけてくれた。なんだか、胸に沁みた。 「ありがとうございます。さっそくなんですが」 「クローザーのこと、ですね?」  顔を見合わせると、不思議と緊張が解け、自然と笑顔になっていた。 「クローザーと言うのは、南郷さんも言っていたとおり、抑えのピッチャーのことなんですが」 「何を抑えるんですか? ボール?」  どうやら私は、間の抜けた質問をしてしまったらしい。佐土原さんが笑いを堪えるのに必死だ。 「じゃあ、まずはピッチャーのことを、一から説明しますね?」 「お願いします」  試合開始からスタメンで投げるピッチャーを先発と言って、最後までひとりで投げきるときもある(完投)。先発が降板して、他のピッチャーが登板することをリリーフといい、クローザーはリリーフの一種。自分のチームがリードしている最終盤に登板して、相手に得点を与えない。ゼロ点に抑えるから、抑えとか、クローザーと呼ぶ。ちなみに、先発と抑えの間に登板するピッチャーのことを、中継ぎと言う。  佐土原さんは、野球初心者の私にわかりやすく教えてくれた。なんとなく、わかった気がした。 「じゃあ、四番とか、一番って? レフトとかセンターは?」 「話が長くなりそうですね? 桃山台で降りてから話しましょう」  子どものように質問する私を見て、佐土原さんが笑った。桃山台駅で降りると、駅のベンチに並んで座った。座ったと思ったら席を立ち、自販機で自社製品のお茶を買うと、私に差し出した。 「ありがとうございます」  その気遣いに、胸が高鳴る。佐土原さんは座るなり、野球の話を始めた。一番とか四番とかは、打順のことで、三番、四番、五番はまとめてクリーンアップと呼ばれ、四番は特によく打つ選手が務めると言う。レフトとかセンターは、守備位置のこと。レフトは外野の左側、センターは外野の中央。センターは守備範囲が広いから、足の速い選手がいい。 「じゃあ、外野の右側はライトだ!」 「そうです、そうです」  話がわかってきた私を見て、佐土原さんはご機嫌だ。 「外野があるなら、内野もあるんですね?」 「そういうことです。一塁がファースト、二塁がセカンド、三塁がサードです。他に、セカンドとサードの間を守るのが、ショートです」 「ああ! わかりやすい説明、ありがとうございます」  なんだか喉がカラカラで、佐土原さんからもらったお茶を、遠慮なくいただいた。 「実際、野球観戦したほうがわかりやすいと思いますよ。機会があれば、ぜひ……」  佐土原さんが席を立つと、控えめに言った。 「付き合わせてしまって、すみませんでした」  一緒に改札を出ると、お疲れ様でしたと言って別れた。振り向かずに帰っていく佐土原さんの後ろ姿を、しばらくその場からながめていた。その場から離れられなくなったのは、胸の鼓動がうるさくて、喉がカラカラで。こんな気持ちになったのは、初めてで。対処の仕方がわからなかったからだ。
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