三回

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「さぁ! 今日からやで!」  週も後半に入ったある朝、日向社長が挨拶もそこそこに言い出した。ピンとこなくて、慌ててスケジュールを確認する。 「ああ! 今日から、都市対抗野球大会の二次予選ですね?」 「そうそう。我が春日園野球部に負けないように、バリバリ仕事をしやんとね」  日向社長が笑顔を見せると、ネクタイを締め直した。二次予選を観に行くわけではないけれど、スケジュールに書き込んでおいてよかった。日向社長のご機嫌を良くしておくと、仕事がやりやすい。実は、これも七緒さんからのアドバイス。日向社長がいつ野球の話をしてきてもいいように、野球部の予定は必ずチェックしておくようにと言われていた。見た目も、軽いノリも社長らしくないけれど、自分に厳しくて、仕事ができる人だから、秘書の私もしっかりしなくてならない。  都市対抗野球大会の近畿地区第二次予選は、十一チームで敗者復活を併用するトーナメント戦を行い、勝ち抜いた五チームが本大会に出場できる。春日園野球部は、一回戦で敗退したものの、敗者復活戦で勝ち進み、準決勝まで駒を進めた。一回戦で敗退した相手は、横綱食品。さすがは、日向社長が優勝候補というだけはある。  六月初めの、金曜日の夜。今日は、近所の焼き鳥屋さんでたっちゃんと飲んでいた。もくもくと煙が立ち込める店内。ムードより、味で勝負の店だ。 「野球部、都市対抗野球大会の予選を無事に勝ち進んでいるで」  ビールのおかわりをしたところで、たっちゃんがポツリとつぶやいた。 「うん。野球部の予定はチェックしたほうがいいって、七緒さんからアドバイスされていたから、知っているよ」  たっちゃんに得意気な顔をして見せた。 「でも、野球には興味ないんやろ? 日向社長が野球好きやから、チェックしているだけで」  焼き鳥を口にしながら、たっちゃんが私に視線を合わせもしないで聞いた。 「まぁね」  運ばれてきたばかりのジョッキに手を伸ばすと、私も視線を合わせずに返事をした。日曜日、たっちゃんは学生時代の友だちと会う約束があり、私は予定がない。ひとりで準決勝の試合を観に行こうと思っているけれど、なんとなくたっちゃんには言えなかった。日向社長が野球好きだとか、そんなことは関係なく、こっそりと野球部を応援しているだなんて、なんだか後ろめたい感じがして言えなかった。
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